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2006年10月21日
my nepali life diary 2006 vol.13
10/21
今日は10時半頃にRobinと待ち合わせをして、ファルピンに行ってきた。車で約一時間のところにある僧院にまず寄った。雨がだいぶ降っていたが、参拝させてもらうことにした。しかし、残念なことに本堂のカギを持っている人が不在だった為に中に入ることができなかった。仕方がないのでそこにいたお坊さんとこの僧院についての話をした。ここは8ヶ月前に出来たばかりの新しい僧院だった。外観には汚れがなく、空気のきれいないい場所にある。ファルピンのある地帯はチベット仏教の一大聖地として、チベット人にはよく知られているところだそうだ。雨宿りをしながら話をしていたら、カギを持ったお坊さんが戻って来た。本堂の扉を私たちの為に開けてもらえ、中に入ることができた。中に入ると大きな金剛の仏像とチベット仏教の仏像が鎮座していた。壁には満遍なく壁画が描かれており、すばらしく見事な堂内だった。きちんとお祈りをして再度ゆっくりと一周してから外に出た。雨はまだ降り続いていた。車に乗り込み、ダキシンカリに向かった。ダキシンカリの「カリ」とは「女神」という意味で、ヒンドゥー教の神様だそうだ。観光客が来ることは少なく、多くはネパール人やインドから来るヒンドゥー教徒だそうだ。駐車場までは来たのだが相変わらず雨が降っていた為、私たちはお茶を飲みながら雨が静まるのを待った。その間私はRobinにいくつか聞きたいことがあったので、教えてもらうことにした。民宿計画の話やポカラに一緒に行く話などをしながら時間を潰していた。ポカラまでどのように行くのかまだ決めていないが、もし日程が合えば一緒に行けたらいいなと思っている。一時間もしないうちに小降りになってきたので、ダキシンカリの祀られているところまで歩くことにした。両脇が出店のようになっている道を下っていくと、途中でばったりとホテルのスタッフのKiramに会った。お互いに目が合い、びっくりした。私は挨拶をし、KiramとRobinはネパール語で少し話をした。「また後でホテルで会いましょう」と言って、逆方向に歩き出した。ダキシンカリの石像の近くに着いた。その場にはお経のような音楽のような音が流れており、雨の中来る参拝者を迎えていた。中にはヒンドゥー教徒しか入れないようで、しばらく外側から見てそのまま引き上げることにした。普段見慣れない光景を後にして次はチャタールリンポチェゴンパに行った。そこには天然の水がきれいな池があり、崖の下にある僧院だった。僧院の中ではお経が詠まれていた。自然と共存している人工の建物を見て、更なる自然の強さを感じた。間違いなく人間は自然の後に誕生した生物なのだ。
その後ファルピンの街を散策することにした。街自体はとても古いようで、とても赴きがあった。家の造りは殆どがレンガ造りであり、今にも崩れそうな古いものもあった。この辺りはネワール族の住んでいるところだと知った。もう少し時間があればゆっくり散策できたのだが、日帰りで来ていたので仕方なく車に戻り帰ることにした。また改めて来たいと思った。帰り道にあるアスラケーブ(小さな洞窟)に寄ってから街まで帰ることにした。ところがRobinが通り過ぎてしまい、途中で引き返した。しかし後で分かったことなのだが、そのとき見た洞窟は違っていたそうだ。残念だったが次に来たときの楽しみにすることにした。
ホテルまでRobinに送ってもらって、彼は家に帰った。今日はティハールというお祭りの5日間あるうちのメイン3日間の最初の日だった。Indraに電話をすると、勇治と一緒だったのでみんなで飲みに行くことになった。ビールを飲んで楽しい気分になったところで、イルミネーションがきれいな街に出て行った。すると偶然Mackyに会った。彼のネパールでのおじさんと言う人と一緒に遊びに来ていたのだ。後でまた会うことにして別々のところに行った。メインストリートには昼間から車両通行止めにして設置された舞台があった。そこでは野外クラブイベントが催されていた。たくさんの人が音楽に合わせて踊っていた。勇治の持っている一眼レフデジタルカメラで街の様子を撮って楽しんでいた。気づくとIndraたちは家に帰ってしまっていた。きっと家族で祝うことになっていたのだろう。ネパールでのお祭りの基準は「宗教」「家族」なのだ。家族のつながりはとても強い。日本では薄れてきているものなので見習わなければといつも思う。勇治と二人でお腹が減ったのでレストランに行くことにした。ビル一つが一つのレストランの5階の席を選んで外の風景を見ながら食事をした。すると単発で小さな花火が上がった。ネパールで花火が見れるとは思っていなかったので、嬉しかった。食事を終え、明日の早朝から勇治はラフティングの仕事に行くと言うことで早めに帰ることにした。勇治と別れたあと、Mackyから電話がありさっきのおじさんと三人でダンスバーで飲むことになった。そのダンスバーではネパール人の男女が舞台の上で踊っているのだ。それをお客さんたちはみんな見ながらお酒を飲んだり話しをしたりしていた。ダンス自体はいまいちだったが、おじさんはおもしろい人で楽しかった。彼らの付き合いは長いようで、本当の親戚のような感じだった。長い一日だったがとても楽しく過ごせてよかった。
投稿者 satoka : 2006年10月21日 15:53