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2006年10月25日
my nepali life diary 2006 vol.17
10/25
朝、palから電話があった。バクタプルに行く予定だったが、10時まで交通機関のストライキがあるので様子をみようということだった。ネパールではしょっちゅうあることだ。労働者のストライキ、ごみ収集組合のストライキ。結果として何かが改善されたかどうかは定かではない。今後のストライキの状況がどうなるのか10時過ぎにならないと分からないので、ゆっくりと朝食を摂ることにした。ロータスに行き和食セットを頼んだ。ご飯とお味噌汁、とろろにスクランブルエッグ。さらにお漬物と食後の緑茶が付いている。これで約190円。日本では考えられない値段だ。現地の食事であれば100円もあれば十分食べられる。朝からのお味噌汁は最高だった。海外旅行に行って、日本食を食べたくなることはあまりないのだが、お味噌汁だけは別だ。一番好きな食べ物なので、できれば毎日食べたいくらいだ。久しぶりの和食だったので、食べ過ぎてしまった。満腹を和らげようと思い、ビーマンバングラディシュオフィスまで帰国のチケットの確認の為に歩いて行くことにした。しかし、まだカトマンドゥからバンコクの席がキャンセル待ちのままだった。再度また確認しに来てくださいと言われたので、一旦ホテルに戻ることにした。部屋に着くとPalから電話がかかってきた。ストライキが終わったようなので、一時間後によく行くカフェで待ち合わせをすることにした。私は少し早めに行って待つことにした。アイスカフェラテを飲みながらスケジュールの調整をした。11/2にポカラで友達の結婚式があるので、予定がかなりタイトになっていたのだ。そのことでちょっと気疲れしていたが、どうにかやることを2日までに終えられるよう調整した。そうしているうちにPalが来た。30分くらいネパール語を教えてもらいながらお茶をした。今日は朝からストライキがあったため道がすいていたそうだ。カフェを出てバクタプルまでは約30分だった。あっという間に着いたのでPalが「今日は天気がいいし、道もすいてるからドゥリケルまで行って、ヒマラヤを見よう」と言った。私はその案に大賛成した。ドゥリケルまでは約30分くらいで着いた。理由は分からなかったが現在閉鎖中のヒマラヤサングリラリゾートに入れたので、景色のよく見えるところまで登った。そこからは雲の合間に顔を出すヒマラヤ山脈があった。とても静かでのんびりとできるところだったので、しばらくヒマラヤを眺めながらぼ〜っとしていた。ネパールにはお金で買えないものがある。ここでしか味わえない空気や景色。それらは写真から伝わるものではない。自分で感じるしかないのだ。だからこそ私はネパールが好きなのかもしれない。上手くいかないことや時間にルーズなところは日本に比べて多いが、その分日本では得られないものがここにはある。それらをもっと知りたいと思った。
ヒマラヤサングリラリゾートを出て、昼ご飯を食べにレストランに入った。野菜オムレツとモモ、野菜トゥクパを頼んだ。ここで出てきたモモのソースは最高だった。私が今まで食べた中で一番おいしかった。もっと食べたくてお店の人にソースのおかわりをお願いしてしまったくらいだ。トゥクパも素朴な味がしてよかった。食事を楽しんでいるとMackyから電話がかかってきた。今ドゥリケルにいることを言うと、「是非パナウティに行くといい」と教えてくれた。バクタプルからドゥリケルに来る途中にあるバネパから近いところにある寺院のたくさんあるところだそうだ。私は行ってみたくなりPalにお願いして、一緒に行くことになった。暖かい日が稲穂を黄金色に染める中、風を切りながらバイクを走らせた。ついてみるとパナウティは小さな町でとても静かで川のきれいなところだった。たくさんの果物のお店に迎えられた。これらの果物は山に住んでいる人たちが持ってきては売っているそうだ。昔話でここには2つの川が流れており、三つ目の見えない川と交わるところだと聞いた。小さな寺院や像があり、のんびりとした時間の流れているところだ。一番大きな寺院でシバを拝んだ。扉は閉まっていたのだが、木を組んで作られた扉だったので中を覗き見ることができた。真っ暗な中にかすかに浮かぶ像に重みを感じだ。パナウティに偶然にも来られたことに満足して、バクタプルに向かうことにした。バネパの混雑した町を抜け、バイクからの景色を見ていた。するとヒマラヤを見渡せるところに出た。来るときには雲で隠れていて気づかなかったが、日暮れの光が山々を薄いピンク色に染め、それはすばらしい美しさだった。私が感動しているとPalがバクタプルのすぐ近くの高台にある寺院に連れて行ってくれた。そこからはバクタプルの街を一望することができ、古都の赴きを持った街の奥にヒマラヤ山脈を望むことができる。そこには絵葉書からは伝わらない良さがあった。景色に満足して、チャイを飲みながら休んでからバクタプルの街に入ることにした。友達に紹介してもらったゲストハウスに荷物を置いて、少し散歩をすることにした。街は夕暮れの灯りを灯し、独特の雰囲気を出していた。バクタプルのヨーグルトはおいしいと聞いていたので、食べてみることにした。しかしどのお店がいいのか分からなかったので、小さなお店のおじさんに聞いてみた。すると近くに「一番」おいしなとこがあると教えてくれたので、早速行ってみた。小さな小道にぽつんとあるお店で、普通に歩いてたら気づかないかもしれないところだった。食べてみるとさすが現地の人が教えてくれただけあって甘すぎずとてもおいしかった。それは小さな陶器に入ったバクタプルらしいヨーグルトだった。その後街をぶらぶらして、ゲストハウスに戻ることにした。途中でPalの友達のPrakasに会い、一緒に夕食を取ることになった。彼らは18年ぶりくらいの再会だと言っていた。久しぶりだったのでネワール語でたくさん話をしていた。私には全く理解できなかったが、楽しそうなのは伝わってきた。Prakasは外国向けの洋服を作っている輸出会社をやっている人だ。仕事が上手くいっているようで、今新しい家を作っているところだと言っていた。そこで明日の朝Palと一緒に洋服や工場を見せてもらうことにした。彼は貧しい子供たちが学校に行けるよう、金銭的に援助をしているそうだ。自分の為に働く人が多い中で「自分はそんなにお金持ちになりたい訳じゃないから彼らに勉強してもらった方がいい」と言う考えを持つ人に出会えたのはとてもよかった。ネパールにいるといつも感じるのだが、一人友達ができると五人くらいできたことになっている。その中でもいい人と馬の合わない人がいるが、Prakasはいい人だった。
投稿者 satoka : 2006年10月25日 00:44