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2006年10月30日
my nepali life diary 2006 vol.22
10/30
ぐっすりと眠り、目が覚めたのは9時ごろだった。体調はだいぶ良くなっているようだ。明後日からポカラに行くのでAsuka travelのRabinさんにHirachanさんのお兄さんのホテルの連絡先と住所を教えてもらわなければなかった。彼に電話をすると「12時ごろに事務所に来てくれると嬉しい」と言われたので、そうすることにした。そこで午前中はシャワーを浴び、たまった洗濯をした。すっきりして、銀行に寄ってからAsuka Travelに行った。歩いて15分くらいで着いた。事務所にRobinさんはいなく、受付の女性が電話をかけて確認をしてくれた。すると彼のお母さんが病気になってしまい、今病院にいるということだった。そこで彼の甥が会社にいたので住所と電話番号を教えてもらいタメルに戻ることにした。タメルに着く頃にPalから電話があり「両替をするのにパスポートがない」ということだった。そこで私が変わりに両替をしてあげることにした。よく行くカフェで待っているというので、私はそこまで歩いた。ホテルを出るときは寒かったのだが、昼間は暑くて薄っすらと汗をかいた。カフェでPalに会い、お金を受け取って両替をしに行った。両替所はカフェの向かいにあったのですぐにカフェに戻って来られた。その後、彼はAyakoさんに会いに行き、私は帽子を送ってもらった送料を払う為にDeepakさんに会いに行った。待ち合わせ場所に車で来たのでとりあえず助手席に乗った。Deepakさんは明日からカルカッタに出張だということで、チケット会社に車を走らせた。そのあと銀行に行くとうので、私は車に乗ったままついて行くことにした。何で彼の用事に振り回されているのか全く分からなかったが、仕方がなかった。おそらくネパール人には普通のことなのだろうが、断りなしに人を連れまわすこともよくある。もしかしたら私が若い女の子だからというのもあるかもしれない。しかし、いちいち怒ってもしかたないので大抵は抵抗しないで、次はどうするのか尋ねたり、自分の予定を伝えたりしている。全て彼の用が終わった後、お昼を食べに日本そばのレストランに行った。おそば屋さんは「ホテルサンセットビュー」の中にあった。一組お客さんが出て行くところだった。その後残されたのは私たちだけだった。そこからの景色はとてもきれいだった。ホテルの敷地には庭が整備されていて静かなところだった。私はとろろわかめそばを、彼は天ぷらそばを注文した。景色を見ながらゆっくりと料理の来るのを待った。ネパールでこんなにおいしいそばが食べられると思っていなかったほど、おいしいそばがやって来た。私はうれしくてあっという間に食べきってしまった。Deepakさんもはじめて食べるそばに満足してくれた。食事を終え私はPalと待ち合わせをしていたのでDeepakさんとポカラから帰ったらまた会う約束をして分かれた。Palは私を民宿の条件にとてもいい場所に連れて行ってくれた。パタンの南東に位置するSATDOBATOというところだ。ヒマラヤ山脈を180度パノラマで見渡せるところだ。私はこの場所がとても気に入った。まだまだクリアしなければならない条件はたくさんあるが、今後の選択肢の一つとして考えて行こうと思った。その後、Palのお兄ちゃんと友達を紹介してもらい、今後Palが日本へ帰った後も連絡が取れるようにしてくれた。そしてPalがおいしいモモ屋が近くにあると言うので食べに行った。スープのようなソースをかけて食べるモモで、現地の人がよく食べるファーストフードだった。初めて食べたのだが、とてもおいしかった。このソースには季節ごとにいろんな味があるようで、またしばらくしたら食べてみようと思った。6時に別の友達に会う約束が会ったので、そろそろ待ち合わせ場所に行くことにした。するとPalは明日の夕方飲み会があるからおいでと誘ってくれた。明日の予定がまだ決まっていなかったので「行けたら行くね」と言って待ち合わせ場所に向かった。経済産業省のGopalさんとその友達と会って挨拶をした後、喫茶店のようなところに入って話をすることにした。Gapalさんは私が経済産業省に行ったとき周りの職員が小娘相手に話を聞いてくれなかったのを目の当たりにして、私の話を唯一聞いてくれた人だった。私が騙されるのではないかと心配してくれていたようだ。そして、彼の友達のKCさんはJaitiという日本のNGO団体で働いている日本語の話せるネパール人だ。ネパールに学校を作ることをやっているそうだ。二人は昔から仲良しなようで、私のことを気にかけて今日紹介してくれることになったようだ。私たちは一時間ほど自己紹介程度の会話をした。Gopalさんの家がバクタプルの方にあり、あまり遅くまでいられないので「またポカラから帰ってきたら会いましょう」と約束をして帰ることになった。この国でははじめてあった人を信用するほど甘くできていない。それでもいい人はたくさんいるので、騙されないよう自分の目を磨くしかないのだ。そんなに悪い印象は受けなかったし、今後嫌でも経済産業省とはかかわりがあるので仲良くしておく必要はあると思った。でも二人とも私のことを心配してくれる優しい人たちだったので良かった。バスでパタンからタメルに帰る途中、Sushil君から電話があった。「今Nirのとこにいるから来て」ということだった。ホテルからも近いので行くことにした。Suhil君は今日タメルで学校の仕事があったのだが、遅くなってタメルに泊まって行くことにしたそうだ。インターネットカフェでおしゃべりとした後、Nirの家に行くことになった。Nirの家はすごく大きかった。42人の親戚が一緒に住んでいるからだそうだ。しかし本当の理由は先祖がラマ時代の大統領だったからだそうだ。そのため彼の家はたくさんの土地をあちこちに持っていると言っていた。彼の部屋で私は11月18日からのカトマンドゥ日本語学院41周年式典用のNirの日本語の文章の添削をしてあげた。そしてダルバートをご馳走になった。お店で食べるよりずっとおいしかった。それから3人で楽しくおしゃべりをした後、11時頃にホテルまで送ってもらった。やっぱりタメルに戻ってくると何かとやることが多いなと実感した一日だった。
投稿者 satoka : 2006年10月30日 23:55