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2006年10月16日
my nepali life diary 2006 vol.08
10/16
旅行会社から「ビーマンバングラデシュ航空会社が日本のへの運行を休止した」との情報を再度受け、カトマンドゥオフィスに行った。ところが確認してみると「あなたのフライトはあります。変更はありません。」とのこと。え?!という感じでぽかんとしてしまった。頭の中には「?」の文字が何十個も出来た。オフィスを離れ歩きながらどうしようか考えた。結果、日本の旅行会社に再度問い合わせをしてもらうことにした。そしてその結果、もし運行休止の場合はその後の処置まで依頼することにした。以前航空会社に勤めていた知り合いのおじさんが旅行会社には販売したチケットに問題があった場合最後まで責任を取る義務があると言っていたので、強気に出ることができた。後は返事を待つだけだ。
お昼はタメルで日本食レストラン兼タンカのギャラリーをやっているLotusの佐々木さんを訪ねることにした。扉の正面のカウンターに座っていた佐々木さんは髭を長く伸ばした仙人のようなおじさんだった。サングリアツアーの大河原さんから紹介してもらって来たと伝えた。私が民宿をやるためにいろいろとお話を聞かせて欲しいと頼んだら、快く引き受けてくれた。ビジネスビザの取り方から様々な失敗談。改めて大変さを実感した。そんな話を聞いているとなんとびっくり、資寛さんがお店にやって来た。佐々木さんに用事があってやって来たようだ。生しいたけを分けてもらいに来たそうだが、残念ながら佐々木さんはすでに生しいたけを乾燥させてしまったようだ。現地の日本人同士のつながりを垣間見れたようでよかった。そして資寛さんと一緒にお昼を食べた。私は豆腐と野菜の炒め物とご飯を注文した。ここの味はなかなか良かった。豆腐はもうちょっとって感じだが、野菜炒めの味はよかった。ご飯は半分のサイズにしてもらったのだが、ちょっと食べきれなかった。佐々木さんと明後日また来ると約束をしてお店を出た。
夕方前にPalから電話があり、お茶をすることにした。一緒に友達も来ていて紹介してもらった。Palの友達の多くは日本に住んでいたことがある人だ。Naranもその一人。民宿の話をするとすぐにネパールで14社のディレクターをやっている友達に電話をかけ、会社を作る為にはどうしたらよいかを聞いてくれた。電話では大した話もできないようで、当たり前の返事しか返ってこなかったが、行動の早さにびっくりした。また改めてその友達を紹介してくれると約束してくれたので、そのときにいろいろ訪ねてみようと思う。夕飯はネワール料理を食べようと誘ってくれたので、一緒にパタンの方まで行くことにした。始めNaranのいつも通っているジムに連れて行ってもらった。ネパールのジムとはどんなものかと思って、興味があった。入るととても静かなリゾートのような感じだった。プールがあり、サウナがあった。テニスコートやバトミントンコートもあった。奥の方の建物にはダンベルやトレーニング機械がいくつかあった。Naranは毎朝3時間ほど運動をしてからコーヒーを飲んで朝を過ごしているそうだ。私にはジムに行く習慣はないので実感しなかったが、近くにこのようなリラックスできるジムがあるのはいいことだと思った。もしこの辺りに住むことになったら通うかもしれない。
夕食はパタンのダルバール広場の近くのレストランだ。いくつかのチリのたっぷり入ったつまみと、モモを食べた。今回ネパールに来て初めてロキシーを飲んだ。ロキシーはネパールの各家庭で作っている焼酎のようなアルコールだ。やっぱりちょっとアルコールが強くて全部は飲めなかった。食事もチリが辛く、たくさんは食べられなかったので野菜サラダを頼んで食べた。隣に来たお客さんはJAIKAで2年働いていたおじさんとネパール人女性2人と女の子。この女の子はとてもかわいくて私たちが帰る間際に店の音楽に合わせて踊ってくれた。子供にしてはしっかりとしたダンスで、女らしさも出ていた。日本では見たことのない女の子とその表現に感動した。バックヤードにはいろいろなものがあるにせよ、アウトプットで人を感動させられることはすばらしいことだ。
投稿者 satoka : 2006年10月16日 16:45