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2006年10月18日
my nepali life diary 2006 vol.10
10/18
今日はたくさんの人と会えた一日だった。その分ちょっとだけ忙しかったが。まず朝起きてすぐにインターネットカフェに行った。10時半に日本食レストラン兼タンカギャラリー「ロータス」に行かなければならないので、その前にメールのチェックをしておこうと思った。ところが普段よりちょっとだけ時間がかかってしまった。そのままロータスに行こうと思ったのだが、いつもと違ってものすごくお腹が減っていたので急いで朝食を取った。その後走ってロータスに行った。息を切らして到着すると、既にロータスのオーナー佐々木さんの息子のコムドが待っていた。挨拶をして早速バイクで経済産業省に連れて行ってもらった。途中彼の用事でコピー屋に寄った。佐々木さんはネパール語日本語辞書をコピーして製本し、手ごろな価格で提供しているのだ。日本で買うと2,3万円するものを2000円くらいで売ってくれるのでとても良心的だ。経済産業省について職員に「どのようにして投資家免許をとるのか」「どのようにして民宿を外国人が作ることができるのか」「ビジネスビザの取り方」を聞いた。コムドは日本語が分かるので、要所要所通訳をしてくれてとても助かった。実際佐々木さんがお店を出すときに一緒に立ち上げをやっているのでかなり詳しく知っていた。ネパールは賄賂で成り立っていること、騙しの手口なども教えてくれた。もし誰の助けも借りず私一人で今回の計画を実行しようとしていたら間違いなく騙されていただろう。たくさんの人の助言のお陰で今のところ悪いことに出くわずにすんでいる。約一時間程ヒヤリングをした後、彼の用事でバイク屋に寄り、彼が電話代を払ってからお店に帰った。コムドは家でタンカを描いている作家なのでそのまま家に戻った。私は佐々木さんと話しをするためにお店に戻った。佐々木さんに経済産業省での話をしていると、偶然お昼ご飯を食べている知り合いを見つけた。先日伺ったパタンの近くで布の製作工場を持った日本の会社の社員の人たちだ。彼女たちも私が電話している声を聞いて気づいていたようだ。お互いびっくりしていた。「頑張っている?」と聞かれ「ぼちぼちやっています」と答えた。ほんの数分世間話をして彼女たちはお会計をした。そのとき鯛焼きがあるのを見つけ、お土産に買っていった。「一つはあなたに」と言って、私にもくれた。その優しさに笑みがこぼれた。彼女たちと話をしている間、佐々木さんはあんドーナツの試作をやっていた。なかなか難しいようで、試しに一つ頂いたがまだまだ日本のあんドーナツには程遠い感じだった。ロータスを後にして昼食を取るため馴染みのレストランに行った。するとそこにpalがいた。二度目の驚きだった。彼はネパールでの生活にちょっと疲れているようで、一人で静かに昼食を取っているとこだった。確かに日本の暮らしに慣れていると、ネパールの生活は疲れるものがある。道を歩けば誰かが声をかけてくるし、車のクラクションの音や、土ぼこりの多さ。もちろんネパールには静かで落ち着けるところはたくさんある。しかし騒音は街に集中しているのでここにいる限り癒されるのは難しいだろう。一緒にゆっくり昼食を取った後、私はDeepakさんの家からゲストハウスに移る為、荷造りをした。その間、Palは近くのカフェで待っていてくれた。荷物が多いので荷造りにちょっと時間がかかった。とりあえず詰め込んでリキシャに乗りゲストハウスまで行った。Palも一緒に部屋まで来て、少し休憩した。彼はシャワーを浴び、私は荷物を部屋に広げていた。心がすっきりした。Deepakさんの家だと少なからず気を使っていたので、やっと自由を感じることができた。彼の家は24時間お湯が出るのでとても快適に過ごせたのだが、やはり気持ちのゆとりは必要だ。精神的に圧迫感があると健康にも良くない。新しく移ったゲストハウスは夜にお湯が出ないものの、広くてきれいなところだ。シャワーは朝浴びればいいし、特に問題はない。荷物も出し落ち着いたので、お茶をしに外に出た。カフェでケーキとコーヒーを頼んだ。座った席の横にとてもきれいなおそらくヨーロッパの女性が一人で座っていた。Palが声をかけようと言うので、話し掛けた。彼女はオーストリアのスチュワーデスだった。とても気さくに話をしてくれた。しかし明日のフライトでオーストリアに帰ってしまうそうだ。もう少し早く会っていたら一緒に遊べたのに残念だ。今回彼女は1週間ネパールに滞在しており、一度トレッキングに行ってきたと言っていた。私はトレッキングをしたことがないので、近いうちにしてみたいと言った。今度彼女は11月に来るので、そのとき一緒に行けたらいいねと話した。お互い連絡先を交換し、彼女は店を出た。その後palがタンカを買いたいと言ったのでロータスを紹介することにした。バイクで一緒に行く途中、偶然佐々木さんが近所の店でお茶をしているのに出くわした。これからロータスに行くのだと伝えるとコムドがいると教えてくれた。そして佐々木さんはpalに日本人には本当にいいタンカじゃないと気に入ってくれないよと助言した。ロータスでpalはタンカを見て、私はコムドと少し話しをした。彼は一度家に帰ったのだが、友達が来てタンカを描くことが出来なかったと言った。でも少しも残念そうな顔をしていなかった。彼はとても感じのいい人なので、仲良くなれそうだ。ロータスを出て今度は近くのpalの友達の日本人のところに寄ることにした。カヤブティックのあやこさん。二人が会うのは久しぶりだったようで、嬉しそうだった。しかしpalはお父さんからの頼まれた買い物があるので先に帰ることになった。その後私はあやこさんと私の民宿計画について話をした。彼女はネパールに住んで11年。いろんなことを知っていた。参考にするといいゲストハウスを紹介してくれた。しかしたくさんの問題があるので2,3年は情勢を見ながら実行に移すのを待った方がいいのではないかと助言してくれた。確かにネパールの情勢は変わりやすい。観光客の数も安定していない。そしてネパールには山しかなく、いわゆるリゾート的な場所はない。シーズンは限られているので民宿だけで採算を取るのはかなり難しいことだと言った。とても重要な意見をもらえたと思う。約一時間くらい話をして、また会う約束をしてその場を後にした。次に私の向かったのはサマコシにある友達の家だ。20分くらい歩いてDeviに会った。一緒に彼女の友達もいて一緒に家に行った。彼女はアパートに住んでいて、そこで3人でおしゃべりをした。部屋は8畳くらいで、家賃はなんと一ヶ月約6500円。この辺で物価の違いが分かるだろう。約十分の一。その分収入も少ないのだか。彼女は私にびっくりするプレゼントをくれた。お姉さんが織ってくれた「SATOKA」と私の名前の入った布だ。私はとても驚いたが、同時に嬉しくて感動した。わざわざ私のために作ってくれて本当に有り難いことだと思った。いつか私も何かプレゼントしたいと思った。今晩は一緒に食事に行こうということになり、Deviの弟も呼びレストランに行った。こないだPalと一緒にお茶をしたカトマンドゥモールのレストランだ。4人でビールを少しのみ、マッシュルームスープ、バフ(水牛の肉)モモ、チキンシズラー、フライドライス、フライドポテトを頼んで、楽しく食事をした。ここの料理はかなりしっかりと作られたものだ。味もおいしくて流行っているお店のようだ。9時半頃店を出た。その後私はヒラチャンと連絡があり、会うことになった。実は今日彼は日本に帰る予定だったのだが、飛行機が飛ばずまたも帰国延期。そのおかげでゆっくりと話ができた。ビジネスのことも話したが、それよりも友情の話の方が多かった。年は親子くらい離れているがいい人間関係が作れていると思う。私は彼のことを尊敬してる。そしてフィーリングがとても合うので、話がしやすい。彼も私に対して何かの縁を感じると言ってくれる。このような関係をネパール人と持てたのはすごく運が良かったと思う。ネパール人の中には人を騙す人もたくさんいる。そのような人と先にたくさん出会っていたらきっと人間不信になっていただろう。いい出会いをこれからも増やしていきたいと思う。
投稿者 satoka : 2006年10月18日 17:38