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2006年10月08日

my nepali life diary 2006 vol.02

10/8
ぐっすり眠ったおかげで朝はすっきりと起きることができた。さっと着替えてまず銀行に行った。昨日既に街で両替をしておいたのだが、銀行の方がレートがいいと思い確認をしに行った。しかし0.01しか街の両替所と変わらなかったので、とりあえず今日のところは両替するのを止めた。その後、当面洗濯は自分でしなければならないので洗剤を買いに行った。スーパーで何種類かあるうちの一つを手にとって、レジに向かった。ついでに水を買ってレジを済ませたところでお腹が鳴った。まだ11時過ぎ。お昼には早すぎるが朝ご飯を食べていなかったので、近くの食堂に行った。手を洗って席につくと隣のテーブルに座っている日本人に、
「日本人ですか?」
「はい」
「そっちに行ってもいいですか?」
「どうぞ」
彼はmackyと言い、ボダナートというところで約8年くらいチベット仏教を学んでいるということだった。今日は日本から送られてきた荷物を取りにタメルまで来たとのこと。お互いちょっと不自然な感じで話していた。
「日本はどこ?」
「血液型は?」
「何月生まれ?」
そんな話をしながら少しずつお互いの話をした。
私はこれからネパールに小さな民宿を作りたいので、今回の滞在は現地調査であるということを言った。すると彼はネパールに長く住んでいるのでいろいろと教えてくれた。そしてもし彼がネパールのどこかにゆっくりと住むなら「ファルピン」がいいと言った。私は行ったことのないところだったので、いい情報をもらえた。近々訪れてみようと思う。それからアンティークはボダナート・パタン・バクタプルがいいと教えてくれた。どこも調査に行こうと思っていたので、期待が膨らんだ。しかしネパールにある手工業は日本人が満足する質のものではないと彼は言っていた。これを聞いて少し不安を覚えた。何故なら、今後商品を日本に輸入しようと考えていたので、これはちょっと考えものだ。しっかりと見極めてどのように商品を作っていくかを検討する必要がある。
それから私は彼に何故ネパールを選んだのかを尋ねた。彼は大学の頃から仏教哲学を専攻していたので、ネパールに興味があったと言っていた。ネパールはチベットとインドの間にある国なので、チベット仏教を勉強する僧院はたくさんある。彼の昔読んだ本で現在の先生を知り、それがネパールで勉強をしようと決めた最大の理由だそうだ。初めてネパールを訪れたのは9年前だったそうだ。それから日本と行ったり来たりして勉強を続けている。その後、
話は変わり結婚の話になった。彼は現在の先生が結構なお年なのでその先生に教われる間は結婚できないだろうと言っていた。そこでつい私は
「でも出会いもないんですよね?」
と言ってしまったら大笑いされた。
「核心を着いたことを言うね〜!」
と、言いながらしばらく笑っていた。
しかし私にはネパール人との出会いがいっぱいあるよと言ってくれた。そこで私は
「でもネパール人の顔はタイプじゃないんです。日本人がいいんです。だってやっぱり顔でしょ?!一緒に生活していく人で、毎日顔を見るなら好きな顔じゃないと!」
と言ったらさらに大笑いされた。ぶっちゃけ過ぎてるってことで。
こんな感じで約1時間半くらいお昼ご飯を食べ、お茶をして楽しい時間を過ごした。お別れするときにお礼として、日本から持ってきていた味噌汁・だし・ふりかけをあげることにした。とっても喜んでくれたので私も嬉しかった。
その後かなりの数の迷惑メールが来ているだろうと思いながらインターネットカフェに行った。案の定2日間見なかっただけで150以上の迷惑メールが来ていた。そのうち数える程のメールを送って、その場を後にした。
その後、今後ネパール民宿計画でいろいろアドバイスをしてくれたりお世話になるManoharさんに会いに行った。以前ネパールに来ていたときに紙漉きをやらせてもらったロクタ紙屋のマネージャーである。私たちはこれからのビジネスについてモチベーション、ビジネスの基本など抽象的かつ精神的な話を2時間ほどした。彼と話すときはだいたい8割が彼の話で、私はそれを一生懸命聞くようにしている。彼は今までの経験や勉強したことから多岐に渡る価値ある話をたくさんしてくれる。まだまだひよっこの私にはとても有り難いことである。話の終わりにモモ(ネパールの餃子)を一緒に食べて家に帰った。

投稿者 satoka : 2006年10月08日 16:42

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