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2006年11月05日

my nepali life diary 2006 vol.29

11/5
朝7時半にBirendraさんのホテルに着いた。簡単な朝食をご馳走になり、バイクでサランコットへ向かった。行く途中から見えるヒマラヤも素敵だったが、Hirachanさんの家から見えるヒマラヤは最高だった。雲ひとつない青空の中に聳え立つ山々には力があった。彼の家は現在工事中なのだが、後1,2ヶ月くらいで出来上がるそうだった。サランコットの頂上に行く途中にあるのだが、ここからの景色と頂上からの景色には差ほどの違いはないようだ。まだ行ったことがないので自分では判断できないがBirendraさんがそうのように言っていた。30分くらい部屋を見せてもらい、景色を堪能してから街に戻ることにした。途中彼のやっている日本語学校兼野球推進の会のあるところに連れて行ってもらった。そこには2人の日本語教師のボランティアをしている日本人がいた。彼らはここの建物内でも授業を行っているのだが、近所の小学校でも教えているそうだ。今日はあまり時間をかけて話をすることができなかったので、また機会があれば一緒に彼らとお茶をできたらいいなと思った。それからBirendraさんは私をホテルまで送ってくれた。午後はLamaNgawangさんの学校に行く予定なのでそれまではホテル内で事務的な仕事をしていることにした。ちょっとのどの調子が悪かったので、昼過ぎにホテルのレストランにホットハニーレモンを飲みに行った。するとそこには食事を終えた山口先生がいたので一緒におしゃべりをした。先日の話の中で、明日私を温泉の出る川に連れて行ってくれるということになっていたので、そのことについても話した。山口先生は既にタクシーをチャーターしてくれて、村の人のガイドまで付けてくれていた。そこが民宿計画にどうかかわってくるか分らないが、いい場所であることを期待している。一時半頃昼食の野菜天ぷらそばを注文した頃、勇治がやってきた。それと入れ替わりに山口先生は仕事に戻った。勇治と私はチェスをしながらLamaNgawangさんからの電話を待った。1ゲーム終えても連絡がなかったので、電話をかけてみた。すると彼は今から車で迎えに行くと言ってくれた。彼の学校はがたがた道を一生懸命登って行かないとたどり着かない。自転車は無理だろう。車でさえも大きく揺れながら上って行ったくらいだ。今は学校が休みの為、生徒たちはいなかった。あと一週間程すると家に帰っている生徒たちが戻って来るそうだ。そうなると騒ぎ声でうるさくなるそうだ。しかし今日はものすごく静かだった。学校に併設されている彼の部屋に案内され、ジュースとクッキーをご馳走になった。誰も声を出さないと本当に静かでいいところだ。観光としてゆっくりするのにはとてもいい場所だと思った。学校の中を歩きながらどんな施設になっているのか紹介してもらった。学校に程近いところには彼の最近かった古い中古の家があった。改装したらかなりいい感じになりそうな家だった。彼はここを友達などお客さん用に改装するようだった。出来上がったらまた見に来たいと思った。一通り見た後庭に腰をかけ採りたてのみかんを食べた。ちょっとすっぱかったが、いい味をしていた。Lamangawangさんはこれからお坊さんの友達に会うということで袈裟に着替えた。タンパンにポロシャツの姿から一瞬にしてお坊さんになった。そして彼は私たちをホテルまで送ってくれた。勇治は眠いと言ってゲストハウスに帰り、私はとりあえず部屋に戻った。それから少しコーヒーでも飲みに行こうと思いホテルを出ようとした。すると一昨日知り合ったけんちゃんという人がいた。友達を探しに来たらしいが、その人は既にチトワンに行ってしまったようだ。そこでしばらく立ち話をした。民宿計画に対する彼の意見は「実現は難しいであろう」ということだった。私も今のところ成功すると言う確信は持てない。しかし今はひたすら調査を続けるしかない。そこから結果は導き出されるであろう。そんな話をしているとインターネット回線の会社の人が来た。今日はずっとノートパソコンが繋がらなかったので、その理由を聞いて解決してもらった。インターネット回線の会社の人が帰ると、けんちゃんも「そろそろ帰るね。また近いうちに会おう」と言ってホテルを出て行った。私はメールのチェックをした。気づくとコーヒーを飲みに行きそびれ、夕食の時間になってしまった。すると丁度山口先生が夕食を食べに行くところだった。そこで一緒にご飯を食べに行くことにした。彼のお勧めのところに連れて行ってもらった。お酒を飲みながらいろんな話を聞かせてくれた。ネパールで病院を作ったこと、医療キャンプをして600人の患者さんをいっぺんに診察したこと、日本で無料で医大の生徒に授業をしていたこと、それから学生結婚だったことなど。父親より年上の人の話はおもしろかった。ネパールにおける大きな問題は医療と教育である。どちらも「足りない」のである。そのうちの一つである医療を手がけている山口先生はとても尊敬できる。今までに何度も騙されたり、失敗したこともあるそうだが、それでも続けられている。そこには山口先生の心にある思いが強いのだろう。自分のできることを必要としている人に対して与えさせてもらえることはとても有難いことである。そんなことをやっている人とワインを飲みながら、楽しい時間を過ごせて本当にいい夜になった。

投稿者 satoka : 2006年11月05日 17:33

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