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2006年11月06日
my nepali life diary 2006 vol.30
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朝8時半に山口先生と日本語を話せるネパール人の友達Meshさんとその叔父さんBhinさんとタクシーの運転手さんの5人でカルパニに向けてホテルを出た。途中までは舗装された道だったのだが、20分くらい走ったところからはがたがた道になった。慎重に運転していった。少し進むとトラックが溝に落ちて道がふさがれていた。野次馬が何人かいる中にMeshさんが状況を聞きに行った。すると通れるようになるには時間がかかるので迂回する道があると教えてくれた。そこで少しバックして、細い農道に入った。反対方向の車が来たら絶対にすれ違えない幅だ。そこをゆっくり進んでいくともと来た道の延長に出ることができた。そこからさら大きく揺られながら進んでいった。一時間程経った頃に一度お茶をしようと小さな村に止まった。シェルというお米の粉を揚げたドーナツとピーナツとジャガイモのカレーを朝食として食べた。私はシェルが好きで食べたかったのでとてもうれしかった。そこからまた車を揺らせながら進んだ。途中運転手以外下りないと進めないところがあった。みんな車を下り、歩いて進んだ。何とか車でいける最終地点までたどり着いた。そこからは徒歩だ。運転手さんには待っていてもらい、目的地まで歩きはじめた。何ヶ所か急なところがあったが、ハイキングのような感じで川沿いの丘を歩いて行った。ここは本当の田舎だ。いや、田舎と言うよりは自然しかないと言った方がいいかもしれない。人の住んでいるところはほんの少ししかなく、人々は自然の中で上手に共存しているように感じた。おそらく自給自足の暮らしをしており、贅沢という概念がないように思えた。しかし、外国人の私が分かることは1%くらいだろう。今後2年間で道が舗装され、車が楽に入ってこられるようになるそうだ。ここに住んでいる人たちにとっては願ってもないことなのだろうが、一生に1,2度くらいしか来ない外国人にとっては自然をそのまま残しておいて欲しいと思ってしまう。しかしそれは単なる外国人のエゴでしかない。もちろん自然を残すことは世界的に見て大切なことだが、その為にここに住んでいる人たちの発展を否定することはできない。おそらくこれらの問題は世界各国で現実に起こっていることだろう。いかにして解決していくか国として対策を立てていかなければならないのだろうが、ネパールの政府はこれらのことに関してほとんど動かない。自分たちの懐を暖めることだけに関心があるようだ。それから、子供たちが稲刈りの時期には学校を休み家族みんなで仕事をするということに対しても、世界的には子供の労働を無くしていこうという活動があるようだ。私ははっきり言って、どちらがいいのか分からない。もちろん教育を受けていないと大人になったときの将来の可能性や選択肢がかなり狭まってしまうだろう。そして日本人としての考えだと、子供に労働をさせることは良くないことだと思われる。しかしそうせねばならない生活現状があるのは確かだ。ネパール全体の低所得者の生活基準を上げていかない限り、子供たちが働かずに学校に行ける日はやってこないのではないだろうか。そんなことを考えながら牛が人間よりもどうどうと歩く細い道を進み、温泉の沸いているという場所に着いた。最初に見つけられた箇所は雨季の増水によって流されてしまったようだ。しかしそこには硫黄の後のように石が赤茶色に染まっていた。そこからちょろちょろ出てくる水も川の水と比べると温かった。少し先を見ると女の人が水浴びをしていた。そこまで行ってみると水が温かい。彼女が指差す方向にはもっと大きな温泉があると言った。そこで対岸に釣橋に揺られながら渡った。そこにはかなり温度の高い温泉があった。水底からガスがプクプクと湧き出していた。ここの地下に水脈があるかどうかは分からないが、地上の水はお湯になっていた。地下から温泉が沸いてくればここが温泉街になる可能性もあるだろう。山口先生は温泉に入るというので、MeshさんとBhinさんと三人で先に近くにある学校に行くこことにした。この学校で以前先生は医療キャンプをやったそうだ。子供たちは今休みの時期なのでいなかった。せっかく生徒たちのために飴を買ってきたのだが、残念だ。しかし5,6人の子供たちが草刈をしていた。その子達に飴をあげることにした。学校の周りにはBhinさんとその親戚たちの土地が広がっていた。田んぼとして使われている土地はかなり広かった。ぶらぶら散歩していると山口先生が温泉からあがってきた。そして、人気のない学校の建物に腰掛け、バナナやオレンジ、クッキーで昼食を取った。しばし休憩をしてから以前イギリス人が別荘として使っていた家を見に行くことにした。その家の持ち主は既に他界してしまった人だそうで、今は誰も住んでいないそうだ。歩くこと約30分、そこはすばらしくいい景色を見渡せる場所だった。両側に山があり、その間を流れるセティ川。雲がなく晴れていればマチャピチュレも見えるそうだ。とても静かできっと夜になれば満天の星を望むことができるだろう。こんな場所に別荘があるなんていいことだと思った。何日間かここでゆっくりと仲のいい友達と過ごすことができたらとっても楽しいなと想像した。あまり遅くなって暗くなると危ないのでそろそろ帰ることにした。ここからタクシーが待っている場所までは2時間くらいかかった。最近はあまり運動をしていなかったので、体にたまったものを浄化するのにいい一日になった。帰りも来たときと同じ場所でお茶を飲み、がたがた道で帰った。途中ショベルカーが道を占領していた。道路の脇の斜面を削っていたのだ。道には土が撒き散らされて乗用車が通れるものではなかった。30分くらいかけてなんとか通れるようにしてもらいBhinさんの家に向かった。私たちは彼の家に招待、夕食をご馳走になった。ネパールの家庭の味を満喫してホテルに戻った。遠足のような一日が終わり、疲れた体をベッドに横倒した。
投稿者 satoka : 2006年11月06日 18:15