« my nepali life diary 2006 vol.33 | メイン | my nepali life diary 2006 vol.35 »

2006年11月10日

my nepali life diary 2006 vol.34

11/10
朝ご飯を食べようとレストランに入ると、山口先生と北川さんちょうどおじやを食べようとしてるところだった。私も同じものを頼み、一緒に食事をとった。彼らは今日同じ村に行くようなのだが、北川さんは先に出て、子供たちの写真を撮りに学校に行くそうだ。山口先生は午後から行くと言っていた。北川さんの写真が楽しみだ。食後、私は午前中にメールのチェックを済ませようと思った。しかし停電になってしまったのでできず、明日のラフティングの予定を聞きに事務所に行った。スタッフのRupanとチャイを飲みながら必要なものや集合時間を聞いた。一通り聞いた後はお互いの言葉(日本語とネパール語)を教えあっていた。中学生の休み時間のようで、おもしろかった。その後Joe’sカフェのSanotshさんとJayaさんに会いに行った。昨日のお礼をいい、モカフラッペチーノを頼んだ。タメルでよく行くカフェのモカフラッペチーノもおいしいが、ここのも同じくらいかなりおいしい。ゆっくりと飲みたいのだが、ついついごくごくあっという間に飲んでしまった。そしてネパール語の勉強を少ししていると、Jayaさんが教えてくれた。私はネパールで有名な、子供でも歌えるレッシャムピリリという歌の歌詞を知りたかったので、教えてもらうことにした。もう一人スタッフの人もやってきて二人で丁寧に教えてくれた。私はとても嬉しくて満足していた。一通り教わった後、今日と明日はネパールと日本の友好50周年記念祭りがコマガネ公園であるのでカフェを出て一旦ホテルに戻った。停電が復旧したので30分くらいメールの返信等をしてから公園に行った。着くと顔見知りだった河本さんがラジェスさんと話していたので仲間に入れてもらった。すると河本さんが私に浴衣を切られるよう手配してくれた。今日のお祭りはネパールの音楽と盆踊りがテーマになっていたのだ。そこで私も浴衣を着せてもらい盆踊りの準備をした。夕方からやるので、それまではお昼ご飯を食べたり、いろんな日本人と話をしていた。すると河本さんがフェワプリンスホテルの総支配人であり、ポカラの日本人会の会長でもある大森さんを紹介してくれた。私は民宿の経営について、彼の意見を求めた。しっかりとした返事が返ってきた結果、やはりポカラに民宿をつくるのは難しそうだ。ポカラだけでなくネパールで大きな事業をやるにはもう2,3年はゆっくり待った方がいいと言われた。先日政府とマオイストのピーストークが終焉を迎え、今後観光客は増えるだろうと見込まれているが、保証はどこにもない。ころころと変わりやすいネパールのことなので、じっくりと見ていかなければならないだろう。いろんな有意義な話をしてくれて、大森さんに感謝してお礼を言った。夕方になり、二度盆踊りをやった。一回目はうまくいったのだが、二回目は余儀なくお祭りが終わってしまいできなくなりそうだった。しかしそれなら踊ってしまえということで、二度目も無事踊ることができた。そして今日のお祭りが終わり、私はすぐ明日のラフティングの説明会に走った。15分くらい遅れてしまい、他のメンバーの人たちに謝ることとなった。彼らは全部で6人。カップルが一組と3人のグループが一組あとはみんな個人だそうだ。軽く自己紹介をしたが、まだまだぎこちないグループだ。明日からの二泊三日のうちにヨーロッパ人のみんなと仲良くなれたらいいなと思った。ミーティングが終わり私は友達と一緒にダルバートを食べに行った。友達の作ったダルバートはシンプルだったがとてもおいしかった。思っていたよりもたくさん食べてしまった。食べ終わってから一度事務所に行き、Rupanとかと話をしてからホテルに帰った。ホテルに戻ると、今日のお祭りの参加者である日本語学校の関係者たちがパーティをやっていたが、私はそのまま部屋に戻り明日の準備をした。

投稿者 satoka : 2006年11月10日 13:27

コメント