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2006年11月21日

my nepali life diary 2006 vol.45

11/21
朝ご飯を食べにホテルのレストランに行った。すると山口先生と私の泊まっているホテルTushitaに投資をした日本人、アサオカさんがいた。アサオカさんは早朝に川魚を買いに行ってきたそうで、それを焼いたものをホテルの人に作ってもらっていた。塩焼きをお願いしたようだが、実際にできたものは丸ごとのソテーだった。油を使って焼いてあったので少しもったいない感じだった。魚自体の味はおいしかったので、日本のやり方の塩焼きであればよかったと残念だった。山口先生とアサオカさんが部屋に戻っていった後で、私は本を読みながらミューズリーとチャイで朝食を取った。その後、民宿計画を影で支えてくれている日本にいる先生に現状報告をメールで送る準備をした。資料と写真を今まで調査した分をまとめて送った。ネパールのネット環境では写真を送るのにとても時間がかかった。5年前と比べると随分と速くなったのだが、やはり写真となるとまだまだ旧式なのだ。お昼になっても終わらなかったので、とりあえずホテルの人たちと一緒にダルバートを食べることにした。30人くらいのロシア人グループが帰った後のレストランでまかないとしてのダルバートを分けてもらった。予定よりお客さんが少なかったようで、あまりの巻き寿司と天ぷらも一緒に食べさせてもらった。おいしいご飯に満足して、気を取り直しメールの送信をすることにした。3時から観光案内所でネパールと日本の友好関係50周年記念の文化交流イベントがあるのだが、それまでに終わりそうがなかったのでホテルの人に断って、送信をそのまま続けておいてもらうことにした。観光案内所の向かいにBirendraさんのHotel Holidayがあるので寄ってみた。しかしBirendraさんは不在だったので、イベントが終わってからまた来ることにした。イベントはネパール人と日本人の踊りが主だった。ネパール人は3人だけで、その他は日本人がネパールの踊りを覚えて披露していた。途中お客さん参加型の盆踊りも行われ、私も一緒に参加させてもらった。全てアマチュアの踊りではあったが、とても楽しんで見ることができた。わざわざこの日の為に日本から来ていた人もいたようで、規模は小さかったが大きな意味のあるイベントだった。終わってから宮本さんとあやさんに挨拶をして、Birendraさんのところに行った。幸いに彼はホテルに戻って来ていた。チャイを出してもらい、少し話しをした。土地や家の価格についてネパールの計算の仕方などを教えてもらえた。明後日カトマンドゥに帰る旨を伝え、お礼を行ってホテルに戻った。7時にAshmitaと彼女のお父さんNirajさんたちと山口先生とNirajさんのやっているレストランYakitoriで食事をすることになっていたので、山口先生と6時半過ぎにタクシーで向かった。少し早く着いてしまったのだが、山口先生がタオルを買いたいということで、近くにあるお店をあたってみた。一つのお店にあったのだが、随分高い金額を吹っかけてきたのでそれならいらないと言って店を出た。すると「ディスカウントするから戻って来て」と言われた。結局半額以下で買うことができた。それからお店に入った。先にHeralo Academyの人2人が来ていた。4人でビールを飲みながら話をしているとNirajさんとAshmitaが来た。6人になり焼き鳥、モモ、スープを食べながらビールやネパールのお酒ロキシーを飲んで楽しんだ。いろんな話をしているとテレビでネパール政府とマオイストの間で平和協定が結ばれたことが放映された。そこに居合わせた人たちみんなで拍手をしてその事実を喜んだ。今後の選挙によってまだまだネパールの将来はどうなっていくか分らないが、ひとまずいい方向に進んでいるようだ。その後もおしゃべりは続いた。みんないい人たちで楽しい時間を過ごせた。また明日も会う約束をして9時過ぎに車でホテルに帰った。ポカラでの生活も明日までなので、しっかりと明日まで頑張ろうと思った。

投稿者 satoka : 2006年11月21日 18:09

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