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2006年11月26日

my nepali life diary 2006 vol.49

11/26
昨日と同じようにチャイとお豆のタルカリ(カレー)とShellで朝ご飯を食べた。それからNirのインターネットカフェに行き、メールをチェックしていた。Nirは始めいなかったのだが、Nirの日本語学院創設時に力を貸してくれていた日本人の先生を連れてインターネットカフェに入ってきた。現在もその先生はカトマンドゥ日本語学院に援助をしている。先生は他の友達と待ち合わせをしていたのだが、待ち合わせ場所にいなかったそうでここに時間を潰しに来たようだ。先生とNirとチャイを飲みながら話しをしつつ、メールを送っていた。そして私が終わった頃、二人は再度待ち合わせ場所に行くことになった。私はホテルにノートパソコンを置いてから合流することにした。タメルのとある宝石屋さんが彼らの待ち合わせ場所になっているようだ。そこの店主も以前一緒に日本語を勉強していたそうだ。私たちはそこで少しだけ話をしてからNirと二人で彼の家に行った。Nirは私の上着が汚れているのを見かねて彼の上着を貸してくれようとした。しかしサイズが合わなかったこともあり遠慮させてもらった。それからダルバートを食べてから、DwarikaHotelに行った。ネワール建築で作られた素晴らしいホテルだと聞いていたので、是非行ってみたいところの一つだった。NirはDwarikaHotelのマネージャーと建築管理製作の代表と友達だったので私を紹介してくれた。それから様々なタイプの部屋を見せてもらった。一番良い部屋は3層になっており、とても広くくつろげる空間だった。いたるところにアンティーク家具があり見ているだけで満足できる部屋だった。床は曼荼羅になっていた。ベランダからは小さくだがヒマラヤ山脈が見えた。一泊10万円以上はするだけはある。それから一般人でも泊まれるような部屋を二部屋見せてもらった。そのうち一つのお風呂は床より二段ほど下がったところにあり、おもしろい作りになっていた。どの部屋もネパール式の素晴らしい作りになっていた。部屋を見た後、プールを見に行った。プールの底にも曼荼羅が形どられていた。すぐ横にあるバーレストランを見てからホテルのカフェテラスでコーヒーを飲むことにした。これらの建材やアンティーク家具は以前は村で処分するときのものをもらってきていたそうだ。しかし近年は村の人々もその価値を知り、高額で買わなければならなくなったと言っていた。さらに作られて100年以上経っているものは海外への持ち運びが禁止されている。以前多くのアンティークがただも同然で海外に持ち去られてしまったという事実から、そういうことになったようだ。同様にこれらのものを所持するのにも資格が必要だそうだ。長い年月をかけて再生された建物とアンティークの数々がDwarikaHotelの最大の特徴であり魅力である。しっかりと見学でき、話を聞け満足できた。それから日本食をおいてあると聞いていたBlueBirdというデパートに行った。しょうゆやマヨネーズなど日本のものがあったが、Nirにあまり時間がなかったので細かくチェックすることができなかった。しかしネパールで日本食レストランをやっている人が「ネパールで日本食に必要なものはだいたい買える」と言っていたので間違えはないだろう。もう一店舗タメルから近いところにもあるそうなのでそちらにも今度行ってみようと思う。もう一つカンティプルテンプルホテルに行ってみたかったのだが、Nirの仕事の時間が迫っていたので入り口まで行って引き返すことにした。Nirのインターネットカフェで下ろしてもらい彼は日本語学校の授業をしに行った。私は近くの食堂でちょっと本を読んで休憩することにした。するとはす向かいの席に日本人の二人組みが席についた。私は目が合ったので「こんにちは」と挨拶をした。すると「何をしているのか」と聞かれたので「民宿を作る為の調査をしに来ています」と答えた。すると驚いたことにいきなり「何馬鹿なこと言ってるの!?そんなの無理だからやめな」と怒ったような喧嘩腰の言い方で罵られた。続けて「いい?ここじゃ外国人が一人でできることなんてないんだよ。51%以上のネパール人投資の名義で2000万円以上の銀行残高がないと会社なんて作れないんだから。馬鹿言ってないでやめな。」ここまで聞くといくらなんでも私も腹が立ってきた。この人は何を偉そうにこんな言い方をするのだろう。いったい私をどう貶めたいと言うのだろう。もちろん私の調査期間はたかだか一ヶ月半ちょいではあるが、それなりにネパールで民宿をやることが難しいのは判ってきている。それため、実行できるかどうかも決めかねているのだ。経済産業省で100%の外国人投資で会社を作れるということは聞いていたので、そのことを彼に言っても全く聞く耳を持たなかった。「政府関係で働いてるから分るんだよ、無理無理。」こればかり。時間を置いてから彼らに「ネパールで何をやってるんですか」と聞くと「何もやっていない」と答えた。ネパール語と日本語の通訳をしているようなことを言っていたがそれで何が分かるのだろう。きっと彼らはネパールで起こった悪い事件やネパール人に騙された日本人をたくさん見てきたのだろう。その上での忠告として私に話していたのは分かる。でも結果として私が得たものはネパールに住んでいるとこういう風な嫌な人間になってしまうのが落ちなのだろうかということだ。しかし反面教師としての役割を彼はしてくれた。最近ずっとこの計画についての先行きが見えなかったことを改めて実感した。そしてその店を出てから夜まで今後についてゆっくり考えることにした。結果はまだ出ないが少し考える時間が必要だ。

投稿者 satoka : 2006年11月26日 15:23

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