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2006年11月29日

my nepali life diary 2006 vol.52

11/29
今日はNirのインターネットカフェに行くのにShellを買っていった。スタッフの人がいつもチャイをお願いすると頼んでくれていたのでお土産に渡した。そして今日は注文せず、インターネットを始めた。するとチャイが運ばれて来た。私はびっくりしてスタッフの顔を見た。すると「どうぞお礼に飲んで下さい」と顔でしゃべった。私はありがとうと言って手にとった。メールのチェックを一通り終え、私はノートパソコンを置きにホテルに戻った。そしてイミグレーションオフィスにビザの更新に行った。申請書に記入をして写真を一枚ホッチキスで止めて提出する。それから更新料30$を払う。この前来た時はRpで払ったので私は$を持ち合わせていなかった。しかしおそらく大丈夫だろうと思って支払い口で待っていた。予想通りRpで払うことが出来た。それからPaluの家に結婚式の写真を届けに行くことにした。途中にローカルレストランがあったので、ダルバートを食べていくことにした。ネパール人で狭い店内はいっぱいだった。ここは観光客の来るようなところでないので、価格も40Rp(約66円)と安かった。それからPaluの家に行った。Paluはいなかったが電話で話をした。金曜日に会う約束をして電話を切った。そして親戚に写真を渡し、チャイをご馳走になってから家を出た。それからダルバール広場の傍のフリークストリートにある日本ゲストハウスというところに行った。日本人の奥さんとネパール人の旦那さんでやっているゲストハウスなので一度話しを聞きたいと思っていたところだ。尋ねてみると残念ながら奥さんは日本に帰っているということだった。しかし旦那さんは10年程日本に住んでいたので日本語ができた。私は部屋を見せてもらい。いくつか質問をしながら話を聞いた。屋上で話をしていてお互い自己紹介をしていないのに気づいた。彼の名前はRudra。ここはすごくいい作りになっているゲストハウスだ。Rudraさんは一年半くらいかけて木彫刻の凝った扉や窓枠を作り、部屋にはお風呂が付いている。場所も観光客の集まるところではないので静かだ。年間を通してお客さんが途絶えることもないそうなので、ネパールで暮らしていくのには全く問題がないようだ。しかし彼の話だと、外国人がこれくらいの小さな規模でホテルをやるのはビジネスにならないと言っていた。かなり大規模で展開するようでないと外国人がホテルをやるのは難しいようだ。最後にコーヒーを頂いて、お礼を言いそこを出た。せっかくなのでダルバール広場を通ってから友達との待ち合わせ場所に行くことにした。友達のWongkuさんが日本食スーパーを教えてくれることになっていた。彼も日本で3年くらい仕事をしていたそうだ。以前は5年間ラフティングガイドをやっていたそうだが、今は事務をやっている。私と同い年くらいの子供が3人いる42歳の若いお父さんだ。私達はバイクでそのお店まで行った。そこのオーナーはネパール人だそうだが、様々な種類の日本食が置いてあった。お煎餅、味噌、しょうゆ、マヨネーズ、わさび、冷凍の寿司、サーモン等だ。一通り見てのどが渇いたのでジュースを買った。そして店の前に座って話をした。私はラフティングのガイドの多くが村出身者であるのに、Wongkuさんはカトマンドゥの人だったので疑問を投げかけた。そこで知ったことは、現在のラフティングガイドはほとんどが村出身の人だが昔は街の人たちがやっていたそうだ。なぜならまず第一に英語ができないとガイドは勤まらない。村にはちゃんとした教養がなかったので英語ができる人はいなかった。そこで街の人たちが基盤を作ったのだ。そのうち川のそばの村の子供がラフティングでやってくる外国人とふれあうことによって英語を少しずつ覚えていった。それ他にWongkuさんは彼らが話をしても広がりがないことを言った。やはり教養が足りないのだ。単発な話しかできず、深い内容の話やトピックを変えながら話を続けることができない。教養にも格差があるのがネパールの現状だ。結構長く話をしていたが、寒くなってきたのでイミグレーションオフィスに行くことにした。午前中に申請したビザを取りに行った。同じ敷地内にNepal Tourism Boardがあるので、そこで近年の観光客の数のリストをもらった。それから彼のオフィスに戻ることにした。帰り道に本屋に寄ってもらい私はネパール人向けの日本語テキストを買った。文字を覚えるのに役に立つ気がしていたので、以前から欲しかったものだ。オフィスについて私はUttamさんに電話をした。今日彼の家に行くことになっていたので、これから行く旨を伝えた。彼の家には二度目だったのだが、道を覚えておらず途中まで迎えに来てもらった。私が着くと奥さんと子供とUttamさんのお姉さんの子供がいた。そしてまだ一ヶ月の子犬がいた。すっごく可愛くてずっとじゃれていた。お姉さんの子供は日本語を一年勉強しているそうで、日本語での話ができた。彼に日本語を教えたりUttamさんの写真を見せてもらったりした。途中で30分くらいの停電があった。キャンドルをつけ、その中で話をしていた。夕食にダルバートを作ってくれた。とってもおいしいダルバートを一緒に食べてから私は帰った。思った以上に長いをしてしまった。というより帰るタイミングがなかったのだ。ネパールでは仲良くなるとよく家に招待してくれる。そして強く帰りたいと主張しない限り帰れないことが多い。それでも夜は9時にもなると遅い時間なので帰るように促される。私はホテルに9時ごろ着いた。それから紅茶を飲みながら本を読んだ。だんだん眠くなってきたので寝ることにした。

投稿者 satoka : 2006年11月29日 19:07

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