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2006年11月30日
my nepali life diary 2006 vol.53
11/30
いつものように午前中は過ごし、お昼前にコーヒーを飲みにカフェに行った。そしてSushilくんから頼まれていた、日本語で書かれたネパールの民話の本に使われている漢字にルビを打つことをした。比較的簡単な漢字が使われているのだが、日本語を学ぶ外国人にとっては難しいのだろうと想像しながらルビを打っていった。それが終わりアップルパイを注文した。ここのアップルパイは生地が薄いのだがしっとりとして食感がよい。りんごも甘すぎない程よい味に煮てあり、とってもおいしい。私のお気に入りの一つだ。満足しながら食べていると以前帽子をを日本に送ってくれたDeepakさんから電話があった。「後2分で着くから会いましょう」と言われ、断る間もなく承諾せざるを得なくなった。物凄い強引さ加減だなと思ったが、今すぐにせねばならぬ用事はなかったので店を出た。Deepakさんの車に乗って、彼はこれからどこに行くのかを言わず走り出した。私は疑問に思ったので聞いてみた。すると彼の製薬会社の事務所行くと言う。何だか連れまわされるようだなという予想をしたがとりあえず事務所まで行った。そこには社員らしき人が一人おり、仕事の話をしていた。私は暇を持て余し本を読んでいた。しかし今日中に読みたいと思っていたのでちょうどよかった。彼が話を終え、お昼を食べに行くことになった。Deepakさんのよく行くダルバートのレストランだ。そこでお腹一杯食べて、さあこれからどうするのかなと思ったら彼のお兄さんの持ち家を見せてくれると言った。私の民宿計画を知っているので物件として見せてくれるようだった。空港からリングロードを進み、舗装があまりされていない道を少し上がったところにあった。西洋風のきれいな庭のある一戸建ての家だった。部屋は7部屋あり各階にお風呂付きのシャワーがあった。キッチンやダイニングももちろんあるので、留学生向けの寮としてはいいのではないかと思った。彼のお兄さんはアメリカに住んでいるので、Deepakさんはここをゲストハウスとして使いたいそうだ。私は民宿としては不適切な場所だと思って、もし彼がやるならばという視点で話をした。もしネパールに私が住むのであればなかなかいい場所だが、残念ながらヒマラヤ山脈が見えない。庭も見せてもらい見学は終了した。それから私はタメルまで送ってもらった。彼と分かれ、私は最近寒くなってきたので自分用の帽子を買おうと思い街を歩いた。偶然入ったお店の人と気が合い、話をした。そこは小さな店舗なのだが、実は同じビルの3階に大きなストックルームがあった。一通り見せてもらい、このお店の仕事について聞いた。彼の名前はJayといい、お兄さんと二人でやっているそうだ。工場はバクタプルにあり、主に輸出で稼いでいるそうだ。私たちはチャイを飲みながら輸入や製作方法の話をした。彼はまだ22歳なのだが、しっかりとした考えを持っているようだった。店を閉めた後夕食を一緒に食べようということになり、それまで30分くらい店の中で本を読んでいることにした。すると外が騒がしくなった。何事かと思い出てみるとなんと道に魚が飛び出していたのだ。誰かがタクシーでふたをしていないバケツに魚を入れて運んでいたようだ。突然道の悪いところでタクシーがジャンプしたようで、その勢いで魚が飛び出したようだ。何人かの人たちが魚を捕まえるのに苦労していた。一段落してタクシーはどこかに行った。大げさに言うと、いつどこでどんな突飛なことが起こるのか分からないのがネパールでもある。それから7時半頃お店を閉めて夕食を食べに行った。私はあまりお腹が減っていなかったので、スープとマッシュルームチリを少し食べた。ビールを少し飲みながら仕事の話をたくさんした。それからJayは「ソルティー・クラウン・プラザ・ホテルというネパールで最大級のホテルにあるボーリングに行こう」と言った。私はネパールにどんなボーリングがあるのか興味があったので行ってみることにした。小さなボーリング場で作りはあまりよくなかった。二投目の前に一投目で倒れなかったピンまで流してくれたり、投げたボールが戻ってこなかったりスムーズにゲームが進まないことがあった。それでも十分楽しむことはできた。帰りはタクシーでホテルまで戻ったのだが、途中でアーミーによる検問があった。私は「HotekJagatに帰ります」と言った。そして何人なのか聞かれたので「日本人」と答えた。それだけで問題なく進むことができた。夜11時にもなると町の外は真っ暗になる。だいたいネパール人は早寝早起きなので、夜は10時ごろになるとみんな寝るようだ。タメルの街中は外国人が多いので遅くまで電気はついているが、ちょっと外に出ると全く違う雰囲気になる。その辺りをニュースではネパールが危険なところだと説明するときに用いているようだ。実際観光客としてネパールを訪れる場合は観光地に行くのが通常なので、あまり危険なところはない。もちろん日本でも同じように夜中遅くになればたちの悪い若者はいる。しかし外国人の多く集まるところは危険が少ないように思う。その為に街に入ってくるタクシーや車を検問していたのだろう。ネパールも観光客が少なくなると困るからだ。私はホテルに戻り、残りの本を読みきってから眠りについた。
投稿者 satoka : 2006年11月30日 14:49