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2007年05月30日
インドネシア生活♪ vol.38
5月29日
朝6時半に起き、出発の準備をしました。マナドまで行くボートに乗るまでエステル(コテージのオーナーの娘)と話をしていました。彼女はドイツ人と結婚しており、インドネシア人のする悪行を嫌っていました。ブナケン島でも外国人と現地人のトラブルがあったようです。以前オーストリアの年配の女性と現地の男の人が一緒にコテージを作ったそうです。お金は全てオーストリア人が出したようです。土地を買うのも家を建てるのも全てインドネシア人の名前でした。何故なら、バリ島とジャワ島以外で外国人が会社を作ってその会社が土地を買ったり、家を買ったりすることはできなそうだからです。もちろんインドネシアのどこでも外国人が個人的に購入することは不可能です。全てが完成すると、インドネシア人はオーストリア人を追っ払ってしまったそうです。どのような方法を取ったのかは分かりませんが、土地も家も権利は全てインドネシア人にあるのでオーストリア人はなす手がありませんでした。
こういった件がいくつもあるそうなので、十分気をつけるよう言われました。
ブナケン島からマナドまではボートをチャーター(約4200円)して行きました。ナン曰く公共船だと時間が遅いからチャーターすることになりました。そして、マナドに着くとレンタカーが待っていました。これから バンカ島へ行く為です。
車に乗り込み出発しました。ガソリンを入れようとガソリンスタンドに寄ったのですが、ちょっと問題がありました。ガソリンがないのです。そこでどうしたもんかと思っていると、ナンが特殊警察の敷地に行きました。そこには彼の両親がいて、お父さんは特殊警察官のお偉いさんだそうです。その為、ガソリンを警察で調達できました。
バンカ島へ一番近いリクパンという港町までは約一時間で着きました。
そこからボートに乗り、さらに一時間ちょっとで着く目的地に向かいました。途中に日本の会社のオイスターを養殖しているところがありました。その為かみんな日本人に対してやさしかったです。
目的地に到着したのですが、陸にボートを付けられる水かさになるまで、潮が満ちるのを待つことになりました。ビニール袋に入ったかなり原始的なアイスを食べたり、本を読んだり、ちょっと寝転んだりして時間を潰していました。
やっと陸に上がり、白い砂浜を歩き始めました。たくさんのヤドカリがいました。ヤドカリって名前はとっても分かりやすいいい名前だと思いました。それに再利用の達人で、環境に優しい生き物です。
しばらくきれいな水の作り出す波を見ながら歩きました。そして、ジャングルにも入りました。たくさんのココナッツの木が生えている森でした。途中でココナッツジュースを飲み、実を食べ、満足でした。
ナンの友達が売りたがっているこの土地は全部で4.2hrあるそうです。現在は自然のままで、何一つ人工物はありません。実際にここで民宿をやるとなったら材料はほとんどここにあるものでできそうです。しかし、あまりにも何もなさ過ぎて実現の可能性は低いように感じました。
もちろん、景色は最高にいいし、海もきれい、砂浜もきれい、緑もあるということでいい場所ではあります。
ブナケン島は宿が多すぎるので、他の島を探そうと思っていたのですがちょっと難しそうです。基本的に島に来る観光客はダイバーなので、一般の観光客はあまり来ません。それでも私が観光客だったらいろんな島を回ってのんびりしたいなと思いましたが。
そんな理由で明日行く予定だったレンベ島行きをキャンセルして、トモホンに行くことにしました。レンベ島は白い砂浜はほとんどなく、黒い砂浜だと言っていたので、行かなくてもいいなって気になったのです・・・
マナドの方へ戻り、ぺこぺこになったお腹を満たす為に小さなレストランに入りました。みんな無口になって、食べていました。それからホテルにチェックインして一日が終わりました。
今日は何だかものすごく疲れていて、10時ごろにはベットに入ってしまいました。
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インドネシア生活♪ vol.37
5月28日
8時半にダイビングセンターに行きました。すると9時にボートが来るのでそれまで待つことになりました。ナンとバンカ島行きの話をしていました。始めはブナケン島からボートをチャーターして行くことを考えていました。しかしチャーター代が高かったので、他の方法がないか探っていました。そして最終的にはバンカ島だけでなく、レンベ島とトモホンとゴロンタロに行く旅行日程ができてしまいました!!!ボートのチャーター(約3500円/一日)が二回、レンタカー(約3500円/一日)を三日借りることで上手く計画が立てられました。ガソリン代や食事代などは別途かかりますが、ボートをチャーターするよりはずっと安くたくさんのところに行けることになりました。地元パワーを発揮してくれたナンに感謝です。
午後10時くらいから実習が始まりました。波が少ないプールのようなところでいくつかの技術を学びました。緊急時の対応の練習が一番怖かったです。ダイビング中に酸素がなくなった場合に水面に出る方法です。最後に一息たっぷりと息を吸い、「いー」と言いながら5メートルくらいを上昇します。そして水面に出ると口でBCDに空気を送ります。なかなか上手く水面まで上がることができず、水面に出てもすぐにBCDに空気を入れることができず、半ば溺れているような感じになりました。もちろんナンが側にいてくれるので溺れるってことはありませんが、ちょっと怖かったです。
技術の練習が終わったあとは時間が許す限り水中を泳いでいました。珍しい生き物を見つけたり、ナンが写真を撮ったりして、楽しみました。
お昼ご飯休憩を一時間取り、午後は2ダイブありました。
最初に潜ったところは珊瑚のとってもきれいな壁のあるところでした。洞窟のようになっているところに入って、中から海を見るのはすごくドラマチックでした。小さな魚がいっぱいそこにはいました。
それから次に潜ったところでは、
「なんと!サメがいたんです!!!」
自分のいたところからはだいぶ下の方を威厳を放ちながら泳いでいました。何か「かっこいい!」って思っちゃいました。他にもたくさんの面白い始めてみる生き物がたくさんいました。
だんだん日が落ちていくのが水中で分かりました。少しずつ、しかし確実に色が変わっていくのです。もともと水は太陽の持つ色を「赤→黄色→緑→青」の順で吸収していくそうです。そのために浅いところは緑がかった色になり、深くなるほど青く見えるようです。その太陽の光が弱まっていくことで海の色は青から黒になっていきます。その様子を感じられたことはとっても嬉しいことでした。
そして、ボートに戻ったのは6時近くでした。日もすっかり暮れていて寒かったです。気づかないうちにかなり手足が冷えていたようです。がたがた震えながら浜まで戻りました。そして昼間太陽の光で暖められている浅瀬の海の水に浸かって体を温めました。それでも温かくならなかったので、走ってコテージに戻りました。シャワーを浴び、体を乾かすとだんだん体温が戻ってきました。
そんなに休む時間もなく、夕食になりました。今日到着した新しいお客さん2人と私たち4人での食事でした。ここでまた、新たないい情報をもらえました!!!
ブナケン島を出た後、ゴロンタロからトラジャまでバスで行こうと思っていたのですが、船で行くルートがあるそうです。しかも途中で止まる島も素晴らしいとのこと。私はそのことを聞いて、是非その島に行ってみたくなりました。なので、ゴロンタロからは船で移動することになります!!!
一日3回のダイブで相当疲れていたのですが、夕食のあとに最終試験が待っていました。全部で50問。合格する為には最低40点は取らなくてはいけません。不安がいっぱいのまま英語の試験を受けました。辞書を片手に必死に回答していきました。おそらく2時間くらいかかったと思います。
やっと最終問題が終わり、答え合せ。その頃にはもうくたくたになっていました。点数のことなんてほとんど考えていませんでした。そして結果。
「40点。おめでとう!合格だよ!!!」
と、ナンが言ってくれました。私は最後の力で大喜びしました。
明日は朝7時半にブナケン島を出るので、コテージに戻り荷造りをしました。
は〜、それにしても疲れた一日でした。
その分得た情報も多かったのでよかったです。
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インドネシア生活♪ vol.36
5月27日
今日は午前中に他のダイビンググループの船に便乗してシュノーケルをやりました。相変わらずきれいな珊瑚礁があるポイントで楽しんでいました。
でも、ちょっと疲れがたまっているように感じたので早めにボートに戻りました。そして教本を読んでいました。
二つのポイントを終え、浜に戻ったのは1時半くらいでした。バンガローに戻り、昼食を取りました。そして、OBさんが帰る時間が近くなりました。
フローレス島でGBにしたように、「お別れの思い出」をあげることにしました。私はきれいな貝を幾つか用意し、メッセージを添えて渡しました。
たった4日間一緒にいただけですが、(私はほとんどダイビングのトレーニングで一緒にいたのは夜だけでしたが。)とっても長く一緒にいたように感じました。そして私とUS君の生活に新しい風を持ってきてくれました。私にとってもUS君にとってもたくさんの価値ある話をできたと思います。それに話だけでなく、存在だけでもいい影響を与えてくれたと思います。素敵な人が一緒にいてくれたことに感謝です。そしてOBさんが羽を伸ばし、リラックスしてブナケン島を気に入ってくれたことがとっても嬉しかったです。
どうもありがとうございました、OBさん。
3時過ぎに送り出し、私は夕飯までダイビングの勉強をしました。約4時間、疲れました。
2人になったのでもう少し安い部屋に移ることにしました。荷物の移動をし、ご飯を食べました。
それからシャワーを浴び、洗濯をし、いつもの生活をこなしていました。
上手くいけば明日ダイビングライセンスを取ることが出来るはずです!
あと一日、試験合格目指して頑張ります。
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インドネシア生活♪ vol.35
5月26日
今日はトレーニングダイブが二回ありました。朝8時半に集合してボートで近くのダイビングポイントまで行きました。ポーランド人のおじさん「ルイ」が一緒に参加して、インストラクターのナンと三人で潜ることになりました。
タンクを背負い、マスクを付け、レギュレーターを加えボートの縁から後ろ向きに海に入りました。そして「OK」のサインをして、レギュレーターからシュノーケルに変えました。
3人が海に入ったのですが、ルイのBCD(ダイビング用のジャケット)の調子が悪いということで取り替えることになりました。浜まで戻っている間、ナンがレスキューの方法を教えてくれました。その後もなかなか戻ってこず、ぷかぷか浮いて待っていました。
本当は午前中に二本潜る予定だったのですが、始める時間が遅くなってしまったので「一本にしよう」とナンが言いました。もちろん私はそれに従う以外にありません。
昨日の練習用の場所と違い、今日潜ったところは珊瑚がたくさんあり、いろんな種類の魚が躍っているところでした。水の中では叫べないので、心の中で
「すごーい!!!きれい〜。」
って言い続けていました。私はナンに付いて海の中を泳いでいました。とってもきれいな水で命がたくさんありました。
約50分間ダイビングをして、水面に顔を出しました。やはり初心者であるがため、タンクの酸素を使うのが早かったようです。ナンは私の倍の量の酸素を残していました。
お昼ごはんの休憩で、一旦バンガローに帰りました。お昼をゆっくり食べ、ダイビングについての勉強をしました。
午後はアメリカ人のエレナも参加し、4人で潜ることになりました。
今回はびっくりすることがありました!
目の大っきなイカのグループがいたんです。ずっと会いたかった以下に会えたんです。ついイカに合わせて一緒に流れていたら一瞬みんなを見失ったくらいでした。
それからカメがいたんです〜!!!大きなミドリガメ。亀仙人が乗っているアレです。
始めてみたカメに感動しました!
インドネシアに来て、たくさんの美しい海に出会い、感動をいっぱいしていると、だんだん珊瑚がきれいなのが当たり前になってきちゃいます。でもやっぱり、何度見てもその美しさは私を嬉しい気分にしてくれます。いろんな色の小さな魚も楽しい気分をくれます。
海の中には数え切れないくらいの生命があり、パワーがあります。そして無限の色がそこには存在しています。光によって、波の流れ、天気、様々な自然の影響によって、その時々の最高の顔を見せてくれます。
そんな海が私は大好きです。
今日の講習も無事終わり、夜はゆっくりしました。明日でブナケン島を出てしまうOBさんとアラックを飲みながら浜辺で話していました。
とっても優しい考えを持っている人で、信じるものや思想に共感を覚えました。きっと日本の居酒屋じゃ話さなかっただろうなって思います。やっぱり「地球力」は人間にも作用してくれてるんだと思いました。素敵な人と出会えて「うれしいな」と改めて思った夜でした。
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インドネシア生活♪ vol.34
5月25日
今日からダイビングのライセンス講習が始まります。8時に開始予定だったのですが、朝ご飯を食べていたら30分くらい遅れてしまいました。でもインストラクターのナンも全然準備していませんでした。昨日の晩の宴会を3時までやっていたそうです。
午前中は知識の勉強をやりました。全部で五章あるうちの二章が昼前に終わりました。久しぶりに「勉強」というものをやったので変な疲れがありました。
お昼ごはんをしっかり食べ、午後も続きの勉強をやりました。
そのときにいい話を聞きました。「バンカ島」という島がとても美しいという情報をナンが教えてくれました。よくよく聞くと、5ヘクタールの土地を250000ユーロで売りたい人がいるとのことでした。現在は2つのダイビングセンターがあるだけで、未開発の島だそうです。
ナンが写真を持っていると言うので、夜見せてもらうことにしました。
そして、三章が終わると実習に入りました!!!器具の準備の仕方を教えてもらい、いざ出陣。
ボートで波のあまりないポイントに行き、
「最初はボートの回りを7周泳いで下さい。そしてその後は10分間浮いていてください。」
と言われました。私は「はーい!」と返事をし、海に飛び込みました。そしてしばらく泳いでいました。そして浮いていました。ただただ浮くだけです。浮いているだけの10分は長く感じました。
そしていよいよダイビングをすることになりました。タンクを背負い、船の縁に座り後ろにひっくり返って海に入りました。最初はレギュレーターに慣れず、空気を口で吸って鼻から出してしまいました。そうするとマスクに隙間ができ、水が入ってきてしまうのに・・・
私とナンをおいて船は行ってしまいました。
ナンが丁寧に説明してくれ、一つずつゆっくり実践しながら覚えていきました。
始めてダイビングをやった感想は「思った以上に沈んじゃう。」です。BCD(空気を出し入れできるジャケット)と肺を使って水中のレベルを調整するのですが、なかなかちょうどいいレベルを保つのが難しかったです。これから何度も練習を積み、早く慣れるようになりたいと思いました。
約一時間潜った後に船が迎えに来てくれました。水中では気づかなかったのですが、船に上がると疲れていることに気づきました。
日が暮れ始めた頃ビーチに戻ってきました。
部屋に戻り、シャワーを浴び今日のトレーニングは終了です。
夕食を食べて、ナンのいるコテージに行きました。そして写真をたくさん見せてもらいました。バンカ島もきれいでしたが、その他に水中で撮影した様々な生き物の写真と映像を見せてもらいました。今まで見たこともないようなものばかりで、かなり楽しめました!!!
いつか実物を見れる日がそう遠くないことを期待しています。
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インドネシア生活♪ vol.33
5月24日
昨日は遅くまで飲んでいたのですが、今朝はちゃんと8時に起きました。そしてビュッフェ式の朝食をホテルの6階で食べました。ナシゴレン(チャーハン)が残り少なく、ちょっとしかお皿によそえませんでした。それで足りるかなって思ったのですが、やっぱり足りませんでした。そこで、ホテルの人に
「もう終わりですか?」と聞きました。すると
「もっといるんですか?では、ちょっと待ってください。」
と言って、新しく作ってくれました。
私は作りたてのナシゴレンはたっぷり食べ、満足して部屋に戻りました。
今日はこれからブナケン島に行こうと思っているので公共船を捜しにジェンキ港に行きました。するといとも簡単に時間(1時半から2時に出発)と金額(一人約350円)を確認できました。
それからここは大きな市場でもあるので、しばし散歩をすることにしました。気さくないい笑顔をした人たちが様々な食材や生活用品を売っていました。マナドは港の町なので魚市場もあり、そこで子供たちに会いました。とっても、とってもかわいい女の子たちが私に興味を持ちずっと付いて歩いていました。写真を撮ろうとするとちゃんとポーズをとって、とっておきの笑顔を見せてくれました。そして撮り終わると走って駆け寄ってきてデジカメの画像を覗き込みます。そしてさらに素敵な笑顔で笑って喜んでくれました。
私がそんなことをしている間、OBさんは現地の変な人に付きまとわれていました。おそらく私とUS君よりもインドネシア慣れしていないOBさんをいい鴨だと思ったのでしょう。見たところ、案内をして商品の値段を教えたりしてガイド料を取る魂胆だと思いました。
最後の最後まで、私たちが市場を離れる為にミニバスに乗るまで付いてきました。そこでOBさんに
「俺にチップは?」
「いや、そんなのないよ。」
すると、私たちがショッピングモールに行きたいのを知って、頼んでもいないのに運転手に
「○○ショッピングモール行ってくれ。よろしく頼むよ。」
と言ったようなことを言っていました。そして私は運転手に
「6000Rpですよね?」
と、念を押して確認しました。しかし運転手は聞く耳を持たず、その変なガイド風のおじさんと話していました。なんか嫌な気持ちになりながら目的地に着きました。すると
「40000Rp」
と、運転手が言ってきたのです。一桁違うじゃないですか!!!このミニバスの金額は一律で一人1700Rpです。多少の上乗せくらいなら気にしませんが、10倍のぼったくりには納得いきません。それにあのガイド風のおじさんが怪しすぎます。間違いなくこのドライバーはこのお金をあのガイド風おじさんに持っていくことでしょう。
私はこういった人間が好きではありません。努力もしないで、人を騙してお金を取ろうという魂胆が許せないんです。もちろん仕事がない、給料が安いなどの問題はあるかもしれません。でもだからといって人を騙していい訳ありません。あの市場にいた人たちはみんないい顔を持って、無理に売ろうとなんてしませんでした。それにあのかわいい子供たちにそんな嫌らしい心は見受けられませんでした。そう考えるとあのガイド風変おやじだけが異常なのだと思います。人の心に優しくない、本当にマイナスな人間でした。
しかし同時にそういう人とどうして自分は対等に渡れなかったのかと悔しく思います。もう少し自分の見る目と力があればお互いの気持ちがいいように進めたんじゃないかと考えるところがありました。
私たちはデパートのようなところをうろうろしてから近くの海辺に行きました。するとちょうどヘリコプターが飛び立つときだったのです。私は始めてヘリコプターが離陸するのを見ました。ちょっと得したような嬉しい気分になりました。
それからお水を買って、US君がたった24円のベルトを買って、お昼にしました。
そこのレストランは出来上がるのに30分くらいかかりました。ちょっと待ちくたびれておなかがぺこぺこになりました。その分いつも以上にがっつり食べちゃいました。
ホテルに戻りチェックアウトをし、港に行きました。船にはたくさんの荷物が乗せられ、何人かの人が出発するのを待っていました。そこにいたアメリカ人の女性がおいしい果物をくれました。ライチのような食感で甘いグレープフルーツのような味の直径2cmくらいの小さな果実です。とってもおいしくて自分でも買って持っていくことにしました。
その彼女の泊まるコテージと私たちのとが同じだったのです。さらにそこのオーナーの息子さんが彼女を連れて行くところだったのです。私たちは運良く彼らと一緒にコテージまで行くことになりました。
船は約40分でブナケン島に着きました。船の乗り換えをする為に島内を少し歩きました。
「ブナケン最高ー!!!」
その小さな道、小さな家先に咲くお花、人の笑顔と明るい声。
どれをとっても最高の絵がそこにはありました。この時点で直感的に私はブナケン島を好きになっていました。
小さなボートに乗り、コテージに向かいました。船上でオーナーの息子さんと話をしていると、そのコテージはブナケン島で一番安いところだそうです。一人約1120円で3食付です。
節約生活を強いられている私たちには嬉しいことでした。
コテージに着き、私はダイビングについて質問をしました。まだ一度もやったことがないのですが、昔から一度はやってみたいと思っていたことなのです。もしできるなら世界でも有数と言われるここ、ブナケン島でライセンスを取りたいと考えていました。
すると、5日間のスクール($375教本込み)で取れると言うじゃないですか!!!
日本で取ろうとすると7,8万円はかかるので、かなり割安で取ることができます。この事実に大喜びをし、ブナケンの滞在日数を5日間にしました。明日からのスクールが楽しみでしようがありません。
夕方まではシュノーケリングをしました。
きれいな珊瑚とたくさんの魚たち、そして突然現れるドロップアウト。
たっぷり楽しんで浜に上がるとちょうど夕暮れの時間になっていました。幾千もの色を作り出す夕陽が私たちをブナケン島に優しく迎え入れてくれました。
いつみても美しい夕陽を見ながら、さらにブナケン島を好きになっていました。
部屋に戻り、シャワーを浴びてから洗濯をしました。私にとっては当然の洗濯なのですが、OBさんには珍しい光景のようで、
「いいね〜!」
と、新鮮な感想を言ってくれました。
それから、夕食を食堂でここに泊まっているお客さん全員で食べました。魚と野菜のナシチャンプルはとってもおいしかったです。
食後少ししてから、星を見にビーチに行きました。フローレス島のソア村やモニで見た程の数はありませんでしたが、日本と比べたらたくさんの星がありました。月明かりが明るかったのですが、薄っすらと天の川も見えました。
空を見上げながら波打ち際を歩いてると、コテージのお客さんとスタッフが焚き火をするところでした。私たちもアラックをもらい、一緒に参加しました。みんなの明るいノリでブナケン島最初の夜を楽しませてもらえました。
期待していた以上に素晴らしく美しいブナケン島。
もっともっと好きになれたらいいな!!!
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インドネシア生活♪ vol.32
5月23日
今日からスラウェシ島の調査が始まります。
午後5時半にホテルを出る予定なので、それまでに準備をしました。必要なメールを送り、両替をしました。両替のレートは相変わらず悪かったです。いいときは10000Rpが136円だったのに、今日は140円でした。最近は円安が続いています。
荷物はなんとかリュックに詰め込むことができました。でもかなりの重さになってしまいましたが。予定通りにホテルをでました。
OBさんとの待ち合わせ時間の40分前に空港に着き、スラウェシ島を出るときの「マカッサル→ジョグジャカルタ行き航空券」を探しました。しかし直行便はなく金額も高かったのでマカッサルで購入することにしました。おそらくマカッサル発の便はマカッサルで買った方が都合がいいと思ったからです。
待ち合わせ時間ぴったりにOBさんは空港に来ました。真っ白な肌と髪を切ってすっきりしたOBさんに会えてうれしかったです。これから5日間一緒に行動するのが楽しみになりました。
チェックインカウンターに行くと、
「あー!また会いましたね〜!!!」
「あー!フローレス島のときに会いましたよね!!!」
と同じ人でした。ちょっと嬉しかったです。
出発時間まで一時間くらいあったので、夜ご飯を食べました。「ミーアヤムジャムール」(チキンとマッシュルームの汁麺)を頼みました。最近食べた麺の中では一番おいしかったです。
今回利用した航空会社はライオンエアーでした。放電灯で照らされた気体は何とも使い古された味が出ていました。ちょっとした不安を抱えつつも「なるようになるしかないな」と思いながら出発しました。
機内は最高に寒かったです。どうしようもないくらい寒くてひざを抱えじっとしていました。
そこで乗務員に
「毛布はありませんか?」と、尋ねました。
「すいません、当機は毛布の持ち合わせがございません。」
「あ、でも!」と言い、親指を立てGOODの意思を示しました。私は何か他に案があるのではと期待したのですが、一向に何も起きませんでした。
マカッサルで一旦飛行機を降りました。トランジットだったのですが、再搭乗手続きが必要なようです。しかし用は機内の清掃の時間を稼ぐ為に乗客に出て欲しかっただけでした。
そのときに何故か空港内、しかも搭乗口にマカッサル在住現地人のドライバーがいたのです。もちろん私たちに勧誘しにきました。
「どこ行くの?」
「マナドです。」
「そのあとは?」
「トラジャです。」
「じゃあマカッサルから俺の車で行ったらいいよ。」
「いや、私たちは陸路で行きます。」
「無理無理!3日はかかるよ。」
ここまで来て、私はもう聞く耳を持たなくなっていました。実は私は勧誘をする人やガイドを申し出る人などに好感を持っていないのです。あからさまにお金儲けのことしか考えていないのが丸見えなのが話す気をなくさせます。
このときも適当に流してさっさと機内に乗ってしまいました。
そして、再度極寒に耐え、夜の11時過ぎにマナドの空港に着きました。
ここでもタクシーの勧誘だらけ。しかも高額を提示してくるのです。その上「これが空港での統一料金だから」とグルを組んで騙そうとするのです。ガイドブックで相場を知っていたので他の人にあたることにしたとき、その相場の金額で連れて行ってくれるというドライバーが現れました。私たちは快くタクシーに乗り込むことができました。
車内で話をしていると、そのドライバーは日本に行ったことがあり、日本人や日本に対して好印象を持ってくれていたようです。日本についての話やインドネシア語の話を楽しくしながら20分くらいでホテルに着きました。
予約をしていたホテルではなかったのですが、とりあえず部屋の空きがあるかチェックするつもりで車を降りました。しかしドアが開いていないので。そのホテルと仲のいいおじさんがいて、ノックしてくれました。なかなか開かなく、結局「寝ているから無理だ」ってことになりました。
ホテルに入れなかったのは残念でしたが、そのおじさんがブナケン島の宿についていい情報をくれました。それだけでもここへ寄ったかいがあったと、嬉しくなりました。
次に向かったホテルはブナケン行きの港の近くのホテルです。空き部屋は2部屋しかなく、一つはツインベットでもう一部屋は4人部屋でした。そこでちょっと金額は高かったのですが、4人部屋に決めました。
やっと落ち着き、OBさんが持ってきてくれた米焼酎で乾杯しました。久しぶりの焼酎はおいしかったです〜!!!ピーナッツをつまみに最初の夜を3時過ぎまで楽しんじゃいました。
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2007年05月23日
インドネシア生活♪ vol.31
5月22日
今朝も早起きをして、昨日の作業の続きをやりました。何とか11時ごろには部屋で出来る仕事が終わったので、インターネットカフェに行きアップロードなどをしました。
それと来月のビザ用出国のチケットを取りました。出来ればシンガポールに出たかったのですが、チケット代金が10000円も違ったので先日と同じくマレーシアに行くことになりました。悪夢にならないよう今回はしっかりとスケジュール確認をしていきたいと思います。
2時半ごろに一通りの仕事に片がつきました。フローレス島の情報整理と写真のアップロードにおそらく丸4日はかかったと思います。なかなか骨の折れる作業でした。しかしその分次回の効率的なやり方が分かりました。苦労して学ぶことは多いですね!
部屋にパソコンを置き、両替をしに行きました。フローレス島から帰ってからレートがずっと下がりっぱなしです。貧乏旅行の私たちには痛いです・・・それも思っていた以上にお金がかかっているからです。ネパールでの経験を元に予算を立てていたのですが、甘かったです。ネパールよりずっと高くついています。まず一つに移動に飛行機を使うと言うことです。一回あたり約1万5000円から2万円かかります。それが少なくとも4回はあるので、それだけで6〜8万円はかかってしまいます。日本からの飛行機代も含めると交通費だけでもかなりの額になってしまいます。なので、私たちは食費と宿泊費を削って無駄のない生活をしようと心がけています。
スラウェシ島へ行くにあたり必要なシャンプー・石鹸・洗剤などの買い物に行きました。それと携帯電話のリチャージもしておきました。スラウェシ島がどんなところなのか想像できないので、とりあえず必要最低限の準備はしておくつもりです。
買い物から帰る途中に午前中に取った航空券の引換書のプリントアウトをしました。ちょうど5年前に大学のゼミ旅行で泊まったホテルの近くでした。何か懐かしい気分になりました。ほとんどが新しくなっている中、5年前と変わっていないところもありました。全てのものが時間と共に変化していくことを感じました。
今日中にやらなきゃいけないことは一通り終わったので、ちょっとだけ自分にご褒美をすることにしました。
「マッサージ!!!」
ずっと行きたくてなかなか行けなかったマッサージに行ってきました。一時間でたったの45000Rp(約630円)でした。
20歳のスチという女の子がしっかりやってくれました。オイルマッサージで結構本格的な感じでした。ゴリゴリと音を立てながら揉み解してくれることに快感を覚えていました。全身くまなくマッサージしてくれて本当に至福のときでした。
一時間みっちりマッサージしてくれたお陰ですっきりしました!
「ありがとう、スチ!!!」
夕飯はナシチャンプルとビールで済ませ、部屋でゆっくりすることにしました。明日からはまた新しい地に足を踏み入れ、新たな発見を楽しみに行ってきます!!!
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2007年05月22日
インドネシア生活♪ vol.30
5月21日
朝7時に起き、US君はぐっすり眠っているようだったので一人で朝ごはんを食べようと外に出ました。うろうろ町見物していると、日常の生活が始まっていく様子が人々から伝わってきました。
一軒の定食屋さんに入り、ワンタンメンとコーヒーを頼みました。これで180円。結構おいしいワンタンメンをぺろっと平らげてしまいました。それからコーヒーを啜りながらしばらく本を読んで朝の時間を楽しんでいました。
定食屋さんを出てちょっと散歩してから部屋に戻るとUS君は起きていました。
今日はきっちりと時間のスケジュールを確認してホテルをチェックアウトしました。
ちょっとした買い物をして、お昼ご飯を食べ余裕をもってKLセントラルのバス停に向かいました。遅れることに対する恐怖心が残っている為、一時間も早くに着いてしまいました。
空港にも出発より2時間以上早く着き、安心してチェックインすることができました。
ここで今日一番のおもしろいことがありました。
私はバリで買った免税化粧品を持っていたのですが、それが100ml以上だったので機内に持ち込めないことがチェックインの時に分かりました。没収されずに持っていくには預け荷物にしなくてはいけません。しかしあまりにも小さいのでどうしたものかと悩みました。係りの人には
「バックに入れてから持ってきてください」
と、言われました。そこで化粧ポーチの中に入れて、
「これでお願いします。」
「いや〜、これはちょっと小さすぎますよ〜。」
「じゃあ、このウエストポーチならいいですか?」
「それなら何とか・・・」
と、はっきりと了解を得る前に私は荷物の入れ替え作業を始めました。思った以上に入るウエストポーチにがんがん詰めました。そして、
「これでお願いします!!!」
「う〜ん・・・でもね〜・・・」
と、考えながら後ろになった小さいダンボールを指差し隣にいた別の係りの人に聞いていました。
そして、
「では、これに入れましょう。」
と、言ってくれました。小さなウエストポーチを小さなダンボールに入れ、ガムテープでしっかり蓋をしました。そして再度紫外線チェックを受け、無事預け入れ荷物にできました!
搭乗口で出発まで約1時間待ち、今日は見逃すことなく飛行機に乗れました。
実際の時間よりずっと長く感じた2日間。
「バイバイ、マレーシア!!!」
バリに着くと、ドライバーさんが待っていてくれました。ホテルまでの道中でドライバーさんはいいことを教えてくれました。
シガラジャというところではイルカに会えるそうです!
私はイルカが大・大・大好きなので、絶対に行きたいと思いました。
しかし、できるだけ早く行きたいのは山々なのですが、とりあえず今日、明日中にもろもろの資料整理が待っています。
ホテルに着き、早速仕事を始めました。
結局遅くまでかかり、寝たのは3時。それでも終わらず、明日に繰越です。
これも大事なこと。頑張ります。
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インドネシア生活♪ vol.29
5月20日 −US君著−
今回、自分は大変なミスを犯してしまった。なんと飛行機に乗り遅れたのである。国際線は二時間前にチェックインしなければいけないのだが空港に着いたのは10分前、もちろんカウンターは閉まっていて飛行機はもう出発していた。出発時間は把握していたのだが
2時間前にチェックインすることがぽっかりとぬけていたのである。
どうしようもない失敗である。
そのせいで一日出発が延びてしまい。もちろんスケジュールもくるい会うはずだった人と会えなくなり、お金と迷惑もたくさんかかってしまった。
今回の出来事は自分が前もって何回かスケジュールの確認をしていれば防げていたのにそのことを怠ったため起きた、完璧に自分の気がゆるんでいた証拠である。何を言っても理由ならないことである。
こんなミスは人生でそうあることではない、飛行機に乗り遅れるとは相当なことである。人生の失敗ランキングでも1位に輝くことは間違いない。今後の人生でもこれを越える出来事はそう出てこないだろう。自分のような人間が今回のような調査に参加していて大丈夫なんだろうかと改めて多々思うところがある。
それにしても今回いかに自分の危機管理能力が低いかが立証されたのである。もちろんこれからはスケジュールに対する気のくばり方を180度変えなくてはならない。
そんなことを考えさせられた一件だった。これから少しずつではあるが、努力をして頑張っていこうと思う。
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インドネシア生活♪ vol.28
5月20日
目が覚めたのは日も高くなった10時でした。昨日、一昨日とバリでやっていた事務作業の疲れが幾分か取れた気がしました。お湯の出るシャワーを浴びてさらにすっきりできました。
空港に行くまではまだ時間があったので、ホテルを11時半頃に出て中華街へ行くことにしました。
タクシーの運転手とお昼ご飯の話をして、
「私たちバクテーが食べたいんです。だから中華街に行こうと思ってるんです。」
「えー!それじゃ、あっちの方がいいよ。中華街のバクテーは夜だけだから今ならあっちの方じゃないと。方向転換する?」
「是非!!!お願いします。」
と、言うことでバクテーを食べる為に中華街と別の方向に向かいました。
実はクアラルンプールの地図を持っていなかったので、自分たちがどこにいてどこに向かっているのかをはっきりと把握していませんでした。「どうせ一泊のビザ取得の為のインドネシア国外脱出だから」と、思っていたのです。それでも今のところどうにかなっていたのでよかったです。
バクテー専門店らしきところでタクシーを降ろしてもらいました。現地の中国系マレーシア人がたくさんいて、店内は満席でした。私たちは外に作られた席につきました。早速バクテーとご飯を注文しました。
「おいしいー!!!野菜もたっぷりだし、豚肉も柔らかい。スープはちょっと甘口だけど、唐辛子をつけたお醤油を足せばオッケー!!!」
途中でスープを継ぎ足してくれ、かなり満足のいくお昼ご飯になりました。


お腹が膨れたので少し歩くことにしました。近くに大きなデパートがあったのをタクシーから見ていて覚えていたので、そこまで行きました。しかし歩いてみるとクアラルンプールの暑さが肌に突き刺さりました。頭がぼーっとしてしまうのは、高層ビルとアスファルトのせいもあったと思います。10分歩いて建物に着いたのですが、汗がじわっと出ていました。

涼しいデパートの中に入るとびっくり。日本のデパートとは全く違っていました。吹き抜けがあり、天井が高く、一店舗ごとの作りも立派でした。でも、何となく「面白くないな」と感じ、早々と出てしまいました。

ここから1.7Kmで中華街だと道路標識に書いてあったので、がんばって歩いてみることにしました。少し進むと向こうからたくさん人が歩いてきました。そして上を見上げると、電車がはしっていたのです!
そこで初乗車inクアラルンプールを実行しました。二両編成の小さな電車でしたが、中は涼しく快適に移動できました。
しかし、降りる駅を一つ間違えてしまったようで、結局中華街までは再度歩く羽目になったのですが・・・

中華街は活気がありました。いろんな国に中華街はあるのですが、どこも同じような独特の空気があります。ここも同様に「まさに中華街」という雰囲気がありました。しばらくうろうろしながら飛行機で食べるお菓子を買いました。他ではみたことのなりスナックがあったので、後で食べるのを楽しみにそれを買いました。

そろそろバス停に行った方がいい時間になったので、タクシーを捕まえることにしました。外国人だからなのか、日曜日だからなのか、プライベートタクシーだからなのか分かりませんがメーターではなく7リンギット(約250円)と言われました。メーターで行けば5リンギットくらいだと思ったのですが、面倒くさくなってそのタクシーに乗り込みました。
無事バスに乗り、約一時間後に空港に着きました。チェックインをしようとカウンターを探していたのですがなかなか見つかりません。そこで、空いてるカウンターにいた従業員に尋ねてみました。そして、
!!!!!事件発覚!!!!!
「あなたは飛行機に乗り遅れています。その飛行機は今出発したところですよ。」
「え?????どういうことですか?????」
全くもって頭が真っ白になって、目が点・点・点・・・・
そして、航空券の時間を指し、
「16時40分。今は16時30分です。チェックインカウンターはとっくに閉まっていますよ。」
「えー!なんで〜???でも確かにその通りだ・・・・・」
顔面蒼白。
「私たちバリに行きたいんです。どうしたらいいでしょうか?」
小さな声で聞くと、
「明日の便をあちらにあるエアーアジアのカウンターで買ってください。」
「はい。」
頭が混乱したまま、一旦外に出ました。
「何で?16時40分の便なのに、16時15分着のバスに乗っていたの?」
「ありえない!」
ぐるぐると訳の分からない現状が言葉に出てきました。
さらに
「明日の午前中にOBさんに会うはずだったのに。どうしよう。ごめんなさい、OBさん」
「バリの空港に迎えに来てくれるドライバーさん、ごめんなさい。」
頭がこんがらがっていました。
そして、US君が
「すいませんでした。」
と、一言。
そうだったのです、US君が時間を間違えていたのです。フライトの時間をチェックインの時間だと。私がきちんと確認を取らず、US君に任せていた責任を感じました。
そして自己嫌悪。反省。
そんなことを約10分間でやっていました。
「ま、でもしょうがないね!とりあえず明日のチケット買わなきゃ。」
と、気を取り直し次の行動に移ることにしました。
明日の航空券を一人焼く1万5000円で買い、来たときと同じバスに乗りKLセントラルに戻りました。道中私とUS君は反省会。自分のことを棚にあげて、ちょっと説教じみたことを言っちゃいました。今ここで、
「US君ごめんなさい。」
お互い、今回のことは「深く胸に刻まれたいい勉強」として捉え、前に進むことにしました。
KLセントラルから電車で一駅で中華街に着きました。まずはホテル探し。思っていたよりも簡単にしかも安ホテルが見つかりました。一泊約1800円でバリよりはちょっと高いですが、納得のいく額でした。
それからOBさんとドライバーさんに電話をする為に、国際電話を出来るところを探しました。しかしなかなか見当たらないので、携帯ショップの人に聞いてみました。すると
「今は携帯の方が安いからワーテル(電話が出来るお店)はなくなったんだよ。携帯電話を持ってる?持ってたらSIMカード買えば国際電話できるよ。」
そこで、私はSIMカードを買い、二人に電話をしました。OBさんは携帯電話をバリで持っていないので、ホテルにメッセージを残しました。
これで気分も軽くなり夕飯を食べに行くことにしました。ラクサ(ココナッツミルクのスープのラーメン)を食べ、やっと一息つくことができました。
「せっかく一日時間ができたんだし、中華街で買い物しよう!」
元気を取り戻り、今日の着替えを買うことにしました。中華街をところ狭しと夜店が出て、活気のある街になっていました。いくつものお店を覗きながら下着とTシャツとパンツを買いました。「〆て1000円以下!」
かなり安い買い物ができました。バリでも安い買い物はできるのですが、ほんの少しだけ安くて質がいい買い物ができました。
ビールを買ってホテルに戻りました。飛行機で食べる予定だったお菓子とビールで乾杯。
ぱくっと一口お菓子を食べると、
「おいしいー!!!!これかなりいけるてるよね!」
と、US君と満足してました。
今日はとんでもない失敗があった一日でしたが、
「まあ、間違えもあるさ!」
「生きていたら、小さな失敗と大きな失敗の繰り返し。たまに上手く行くから感動できるんだよね!」
と、いい勉強ができました。
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インドネシア生活♪ vol.27
5月19日 −マレーシア編−
急いで荷造りをし、空港に向かいました。チェックインを無事済ませ搭乗ゲートが開くまでぶらぶらお店を見てあるいていました。5年前に来たときは免税店なんてほとんどないイメージだったのですが、今はたくさんのお店がありました。高級ブランドの免税店はほとんどありませんでしたが。
エアーアジアの飛行機でクアラルンプールへ行きました。始めて乗った飛行機だったのですが、機内食がありませんでした。しかも機内はとっても寒かったです。私は以前ネパールからインドへ行く飛行機に乗ったときに同じく機内食がなかったので、あまりびっくりしませんでした。しかしお腹が減っていたのでちょっと残念でした。仕方なくとりあえず到着するまで眠ることにしました。
夜中の1時ごろに着いたので、両替所を見つけることができませんでした。しかしクアラルンプールの街まで行くのには最終リムジンバスに乗らなくてはなりません。そこでチケットカウンターの人に聞いてみると「インドネシアルピアでもいいよ」と言ってくれました。そして往復二人分28リンギットを200,000ルピアで支払いました。そのときはリンギットとルピアのレートが分からなかったのですが、後々円換算をしてみたら300円くらいぼったくられていました。あ〜、残念。
ものすごく重たいまぶたのままバスに乗り込み、クアラルンプールセントラルに着くまで石のように眠っていました。
KLセントラルに着くと今度はホテル探しです。しかし時刻はもう2時過ぎでした。うろうろしているとバスの受付の人が
「ちょっと待ってろ、今タクシーを呼ぶから」
と、言ってくれました。一人のタクシーの運転手がやってきて、
「どこに行くの?」
と聞きました。
「とりあえず安ホテルを探したいのです。でも私たちはリンギットを持っていません。」
「じゃあ、このホテルはどう?」
と、言って教えてくれたのが一泊90リンギット(約3300円)のホテルでした。そのタクシーの運転手曰く、今日は土曜日だからどこもホテルは満室だそうでした。私はチャイナタウンに行きたかったのですが、彼は「チャイナタウンも全て満室だよ」と、いいました。私は眠いのも限界にきていたので、了解をしました。すると電話で空室の確認をしていました。するとそのホテルも満室だったのです。他のタクシーのドライバーがやってきて「ここだったらあるかも」と電話をかけていました。そして彼は私たちに
「今日は土曜日で夜遅いから一泊110リンギット(約4000円)なんだって。どうする?」
「どこも満室だったらそこしかないから、行きます。」
「じゃあ、途中でATMに寄ってから行くよ。」
そして私たちはタクシー代として30リンギット(約1100円)払うことになりました。
途中で寄ったATMが2時から6時はクローズだったので、タクシードライバーは困っちゃいました。何しろ私たちにお金がないと彼の収入がなくなってしまうからです。
そこで彼は私たちをプリンスホテルに連れて行きました。しかしそこでも滞在客以外には両替をしてもらえませんでした。
次にMaybankというところに連れて行かれました。そしてやっとお金を引き出すことができました。
無事ホテルに着きチェックインを済ませました。ビジネスホテルらしきホテルでちょっと金額が高いだけあってきれいな部屋でした。部屋に入るなりベットに倒れこむように眠りました。
それは午前4時前だったようです。
これでビザ取得だけの為のマレーシアの一日が終わりました。
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2007年05月19日
インドネシア生活♪ vol.26
5月19日
やっと写真の整理が出来ました〜!
昨日は朝から夜中までやって、今日も午前中からずっとやっていました。
かなりいっぱいになってしまいましたが、時間のあるときにちょこちょこ見てもらえると嬉しいです。
☆♪☆ フローレス島 ☆♪☆
一日目:ラブアンバジョー → ルーテン
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=cbjjfn7.1kf4cuc7&Uy=-5pqcgv&Ux=1
二日目:ルーテン → ベナ村・バジャワ
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=cbjjfn7.cfrnpp5j&Uy=-9mw3yr&Ux=1
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=cbjjfn7.9mf0uv9z&Uy=-6uaxyf&Ux=1
三日目:バジャワ → ソア村 → リユン
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=cbjjfn7.84815sbb&Uy=-l45qsm&Ux=1
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=cbjjfn7.90d1jdsn&Uy=-bgqcb3&Ux=1
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=cbjjfn7.2hhkkx07&Uy=-jvzgaz&Ux=1
四日目:リユン → モニ
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=cbjjfn7.ahd2gb4n&Uy=n8jbon&Ux=1
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五日目:モニ・クリムトゥ山 → ララントゥカ
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=cbjjfn7.69tmde53&Uy=-bimhmi&Ux=1
六日目:ララントゥカ → ソロール島 → ララントゥカ
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七日目:ララントゥカ → シカ村 → モニ
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=cbjjfn7.49srlvx3&Uy=-jvlu0q&Ux=1
八日目:モニ → バジャワ
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九日目:バジャワ → ソア村
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=ooqhq4g.15v4s74w&Uy=mksijv&Ux=0
十日目:ソア村 → ルーテン
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十一日目:ルーテン → ラブアンバジョー
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=ooqhq4g.hkwpihs&Uy=-8m5231&Ux=1
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=ooqhq4g.80mv3nk&Uy=z3gqwo&Ux=1
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=ooqhq4g.d8o9nsw&Uy=rlxb7d&Ux=1
十二日目:ラブアンバジョー → リンチャ島・コモド島
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=ooqhq4g.133jhzcw&Uy=-v89q9v&Ux=1
十三日目:コモド島 → ラブアンバジョー
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=ooqhq4g.19eqr000&Uy=-bdyf1y&Ux=1
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=ooqhq4g.y1cx0io&Uy=pepzm&Ux=1
十四日目:ラブアンバジョー → バリ島 ※写真はラブアンバジョーのもののみ
http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&Uc=ooqhq4g.189s8gjs&Uy=4jgoqc&Ux=1
写真を整理しながらフローレス島について考えたことがあります。
フローレス島はとってもいいところでした。しかしシーズンは限られており、年間を通してお客さんを呼ぶ為だけの場所としては向いていないと思います。現地の人曰く、4月〜9月が乾季で過ごしやすいのですが、9月になるにつれて緑がなくなり「荒涼とした枯れた島」になっていくそうです。雨季には土砂崩れがあったりと、危険なこともあるようです。
そこで一つの案としてフローレス島やその他の島(フローレス島と同じような条件の島)へのツアーを組むことを考えました。主な拠点を交通の便や周辺環境のいいところに作り、そこへ来たお客様の希望によって様々なオプションツアーを作ります。提携箇所をいくつか作り、そこの改装をしたりしていくのです。そのようにして素敵な場所でつながる「民宿仲間」を作っていくという考えです。
あともう一つは「アート集団」を作ることです。
いろんなところにいる作家が集まったり、そこで共同生活したりしてアート活動をするという考えです。日本人だけでなく現地の人や海外の人が関わるといいなと思っています。このアイディアはこれからもうちょっと詰めて考えていこうと思っています。
最初に思ったのはフローレス島にそういう仲間がいっぱいいたらいいなって思ったのが発端でした。そこから発展させて考えていきたいと思います!!!
では、今日はこれから一泊でマレーシアに行ってきます。
インドネシアの観光ビザは一ヶ月なので、ビザ更新の為の国外脱出です。
では、行ってきます〜!!!
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インドネシア生活♪ vol.25
5月17日
午前中に日記を書き、メールのチェックの為にインタネットカフェに行きました。1時間ほどやっているとフローレス島の写真の整理が終わったUS君がやってきました。そしてさらにDVさんが来たのです!今日もここで仕事だということでした。DVさんは私のパソコンを覗いて、スピードが遅いことを指摘しました。そして私のよく分からないことをいろいろやって設定を変えてくれました。必要なソフトをダウンロードしたり、いらないシステムを捨てたり何とかスピードが速くなるようにやってくれました。その設定に約2時間かかりました。それでも早くなったかどうかは定かではありません。私にははっきりした変化が分からなかったからです。でもDVさんがいろいろやってくれたお陰で気持ちが楽になりました。今までスピードが遅いことが当たり前だと思っていたのですが、何となく早くなったような気もしました。
それからおなかがぺこぺこだったので、近くの安いワルンに行きました。ナシチャンプルーと紅茶で180円くらいでした。なかなかおいしくて満足しました。

LTさんのうちに着いたのは3時半くらいでした。今日はLTさんがチャングーに連れて行ってくれると約束していたからです。LTさんのお父さんがいて一緒にキャッサバのフライを食べながら話をしていました。LTさんの家のお手伝いさんが4時に帰るのに合わせて私たちも家をでました。
チャングーの町を車でいろいろ連れて行ってくれました。
最初はLegong Keraton beach hotelがある、ブラウワビーチに行きました。第一印象はあまりよくなかったです。
そこで次にエコビーチに行きました。ここのビーチも砂浜の色がグレーがかっていてあまりきれいではありませんでした。波が高くサーフィンにはとってもいいところだと思います。



チャングーで一番有名だとLTさんが言っていたトゥグホテルに行きました。ここは新婚旅行などでよく使われるそうです。オーナーは中国系インドネシア人でジャワのアンティークをテーマに作られているそうです。中を散歩させてもらい、いろいろ見させてもらいました。ヴィラの目の前がビーチだったので、一日楽しめる雰囲気のいいヴィラでした。


チャングーの全体的な印象としては「‘圧倒的に美しい場所に民宿を作る’というコンセプトには当てはまらない」と、思いました。田んぼや畑がある田舎なので観光客も少なく落ち着いた場所ではあるのですが、感動的な美しさではありませんでした。
日が暮れだす頃、LTさんの家に戻りました。彼女の家はイスラム教なので家族みんなが別室でお祈りをしていまいした。その間私たちはLTさんの持っている作品集などを見ていました。
LTさんの旦那さんが先にお祈りを終え、私たちと話をしていました。彼はホテルマネージメントの仕事をしているので、観光について情報を教えてくれました。
・ バリ島はインドネシアで一番の観光島である
・ 観光客数の順位は1、日本(個人旅行) 2、オーストラリア(個人旅行) 3、台湾(パックツアー) 4、観光(パックツアー) その他、シンガポールとマレーシアも徐々に増えてきている。ヨーロッパとアメリカはあまり多くない。
・ 大きなホテルは飽和状態なので、小さなヴィラの新設が増えてきている。同時にリノベーションラッシュでもある。
これらのことを聞いていて、やっぱり場所選びは重要だなと改めて思いました。ホテルとして多くの人に利用してもらうことよりも限られた人たちに楽しんでもらえるような方法を考えようかなと思いました。
夕食はLTさんの家でご馳走になりました。LTさんのお父さんの作った豆腐ともやしの甘辛炒めがものすごくおいしかったです。あと魚に香草や野菜をのせ、バナナの葉で包んで蒸した料理も最高においしかったです。いつものごとく食べすぎ症候群が出てしまいました。

8時ごろにLTさん家族みんなにお礼を言い、ホテルに戻りました。
部屋に戻り、今日の情報整理とフローレス島の写真整理をしました。フローレス島の写真はおそらく2500枚くらいあるので、その中から人に紹介する為にピックアップするのは大変です。どうにか明日中には終わらせたいと思い、途中で力尽きて寝ました。
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2007年05月17日
インドネシア生活♪ vol.24
5月16日
朝7時半に起き、3日分の日記を書いていました。約一時間半経った頃にUS君は起きてきて、一緒に朝食を食べました。コーヒーを飲みながらフローレス島で撮った写真の確認をしているといろんなことが思い出され楽しかったです。しかし、かなりの数の写真を撮っていたので、見るだけで軽く30分はかかってしまいました。それでもついきれいな景色や海、朝陽や夕陽など見入ってしまっていました。
一通りの作業を終え、買い物に出かけることにしました。まずは最近に出来たばかりのカルフールに行ってきました。広い空間にたくさんの商品が並べられていて、日本のカルフールとほぼ同じ感じでした。携帯電話のリチャージをし、水やその他の飲み物、気に入っていたインドネシアのCDなどを買いました。CDはフローレス島でGBが車でかけていたものの一つです。といってもGBはカセットテープだったのですが。
それからカルフールの建物の2階はフードコートになっていたので、そこでお昼を食べることにしました。今までフローレス島では毎日たくさんのご飯を食べていたので「ここの食事はずいぶん少ないんだなぁ」と思ったものです。


結構重い荷物を一つのビニール袋に入れていたので、バイクに引っ掛けて発進したら敗れてしまいました。私は近くにあったお店に行き、一枚のビニール袋を貰ってきました。そして、荷物の入れ替えをしてからカルフールをでました。
それからバリギャラリアに行きました。ここでは地図やインドネシア語の教本や辞書、ノートなどを買いました。ここの本屋さんでビニール袋をさらにもらい、荷物が落ちないようにできました。
バイクで運ぶには多い量になったので、一度ホテルに帰ることにしました。それからさらに「すぐ乾く服」を買いにクタスクエアに行きました。
ここにはサーフ系のお店やスポーツ系のお店が多いので、一軒一軒除きながら探しました。そして、最終的に買ったのはナイキのドライフィットのTシャツでした。割引の値段が他と比べて半額以下だったので、いいお買い物ができたなって思っています。
そのあとも移動して、何軒かお店を見ていました。するとまたも半額品で必要なものを発見しました。
インドネシアでバイクに乗るときは長袖必須です。その為に私はウィンドブレーカーを着ていたのですが、それだと暑くて暑くて汗をかきまくりでした。なので、変わりになるシャツを欲しかったのです。
ふらっと入ったこのお店で安いシャツを見つけて、今日のお買い物は終了です。
NRさんに電話をし、夜ご飯を一緒に食べに行くことになりました。スミニャックにあるステーキ屋さんに行きました。NRさん曰く「ここのステーキは最高」とのこと。私は普段好んでお肉を食べないのですが、どんなステーキなのか楽しみにしていました。
「ステーキ参上!!!」
ってな感じで、200gのサーロインステーキがやってきました。そして一口、
「おいしい〜!!!」
ワインを飲みながら3人で頬張っていました。
NRさんとフローレス島での話をしたり、クリエイティブの話をしたり、私のこれからの助言をしてもらったりして、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
気づくと私たちが一番長くお店にいるお客さんになっていました。
帰りはぱらぱらと雨が降っていました。ホテルに着くまでは本降りにならなかったのでよかったです。
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インドネシア生活♪ vol.23
5月15日
朝早くに目が覚めてしまいました。するとGBも起きていて薄暗い中話をしていました。
あっという間だったけど、密度の濃い2週間の間に3人に「仲間意識」が出来ていました。朝になって後何時間かでバリ島へ帰るとなるとやっぱり淋しい感じがありました。
そして、GBはそれを涙で表現したのです。いっぱいいっぱい泣いていました。私もつられて涙がこぼれました。
早朝、フローレス島ラブアンバジョーの安ホテルで2人で泣いていたのです。
頭がぼ〜っとしたまま、出発の準備をしました。そして朝ごはんを食べ、ホテルを出たのは10時ごろでした。
GBが近所の親戚の家に寄り、コーヒーをご馳走になりました。そこにいた子供がめっちゃかわいくて気分がよくなりました。11時前に家を出て空港に向かいました。
車中、2週間ずっと聞いていた音楽が流れ、胸がぐっとしまる感じがしました。
チェックインを済ませ、飛行機が来るまでみんなでおしゃべりをしていました。どこから集まってくるのか何人ものGBの友達と私たちは輪になって話していました。
そして飛行機が到着。
GBにお別れを言って、飛行機に乗り込みました。
ずっと我慢していた涙が離陸と同時に頬を流れました。
いっぱいいっぱい楽しかったことが思い出され、とっても淋しくなりました。一つも嫌なことがなかったフローレス島の2週間は調査以上のものを私に与えてくれたように思います。
「民宿計画」の候補地としては難しいのですが、本当にいいところでした。人もよく、土地もよく、私の大好きな場所の一つになりました。
「絶対また来る!!!」
と、心に決めてバリ島に向かいました。
ただいまー!
バリに着いてみると、バリは大都会でした。何でもあるように思えました。それだけフローレス島には何もなかったことを再度認識したものです。
ホテルに着くとどっと疲れを感じました。久しぶりのエアコンのある部屋でごろんとしていました。しかし、やることはいっぱいです。写真の整理や情報整理、チケットの購入や買い物。疲れて寝ている場合ではなく、早速動き始めました。
私は2週間たまったメールの返信や航空券の確認、情報整理などを夜までやっていました。しかし、頭がふらふらしてきて限界を感じたのでホテルの戻ることにしました。
ホテルに戻ると山のようにたまった洗濯物が待っていました。全て手洗いで30分以上かけて洗いました。汗をかいてシャワーを浴び、気持ち的には元気になったように思いました。
そこで部屋で仕事の続きをやり、目が開かなくなった11時に寝ることにしました。
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インドネシア生活♪ vol.22
5月13、14日
コモドドラゴンを見に一泊二日のツアーに行ってきました。小さなエンジンボートを借り、船長とクルー1人が連れて行ってくれました。このクルーのオンビーは最高の笑顔を持ったおじちゃんでした。
「こんなに素敵な笑顔ってあるの!!!」
と、びっくりするくらいいい笑顔を持っていました。
船長も面白い人で、船はだいぶ古びていましたが何の問題もなく快適に過ごせました。
そして、私とUS君とGB3人のフローレス島最後の遠足が始まったのです。
<主なコース>
ラブアンバジョー
↓ 約2時間
リンチャ島:トレッキング(コモド島のトレッキングと合わせて入場料約2600円)
↓ 約1時間
カンビン島(ピンクビーチ):シュノーケリング、一泊
↓ 約1時間
コモド島:トレッキング
↓ 約4時間半
ビダターリ島:シュノーケリング
↓ 約30分
ラブアンバジョー
船着場を出発し、先頭に座り離れていく港を背に多くの島々を見ていました。そして島のまわりには水色の透けた水が縁取っていました。自然だけが唯一織り成せる景色を堪能していました。
ボートがリンチャ島に着いたときは昼の12時過ぎでした。ボートから下り、島に入ると早速コモドドラゴンがお迎えしてくれました。彼は眠っている最中のようでした。静かなときのコモドドラゴンはものすごくきれいでかっこよかったです。でもやはり触るのは危険だそうです。一度噛まれると間違いなく死んでしまうと言っていました。
私たちはそこからレンジャーのいる入り口まで荒涼とした道を歩きました。
入場料を払いトレッキングのスタート地点に行くと、たくさん(といっても20人くらい)の人が群がっていました。近づいてみるとそこには5匹くらいのコモドドラゴンがいたのです。下をぺろぺろ出しながら、のそのそ歩いてこっちに来るものもあれば、しっかりと眠りに入って動かないものもいました。恐竜のいた時代から存在していたと言われるコモドドラゴン。その存在感は強かったです。と、同時にくりっとした目の可愛らしさが何とも好感を持てました。
ジャングルトレッキングはめちゃくちゃ暑かったです。木が覆い茂っているところはよかったのですが、ほとんど動物は見られませんでした。ちょっとした丘に登り始めると気温は最高潮になりました。草の溜め込んだむわっとした空気が体にまとわりつき、空から太陽の光が突き刺さり、一瞬でも止まるとどわっと汗が湧き出てきました。そんな中一生懸命丘の上まで行くと、景色はさみしいものでした。緑があるところは限られており、禿山と言った印象が強かったです。
リンチャ島を後にし次の場所へ向かいました。そこ頃の私たちはかなりおなかが減っていました。オンビーが用意していてくれたお昼ご飯を貪るように食べました。しかもかなりおいしかったので、止まることなく手が動いて、口が動いていました。食べ終わる頃には動けなくなっていました。まるで妊婦のようなお腹のまましばらくじっとしていました。まるでコモドドラゴンのように。
ピンクビーチの側に船は停まりました。そしてさっそくシュノーケルをつけ、海に向かって飛び込みました。
「わ〜!きれいな魚がいっぱい。青、黄色、オレンジ、黒、白、銀、さらに芸術的な模様、縞模様、これは把握しきれないな!しかも珊瑚がいっぱい〜!!!いろんな種類の珊瑚の中にきれいな魚が泳いでいる。最高に美しい世界だなぁ。」
独り言を言いながらビーチの側まで泳ぎました。
「何これ〜!!!白い砂の敷かれたプールじゃん!!!」
ビーチからつながる海底は砂浜だったのです。光によってエメラルドグリーンになった水中をゆっくり泳いで陸に上がりました。するともう一艘別の船がやってきました。日本人のグループです。
「そう言えばリンチャ島でレンジャーが日本人の撮影隊が来ているって言ってたよね!」
何人かの日本人の中に一人女優らしき人が降りてきました。しばらく見ていると
「これって、グラビアDVDの撮影じゃない?」
と、US君と結論を出しました。さらにGBは何度も
「ティダック チャンティック(かわいくない)!!!」
と、連呼していました。しかもその理由が
「化粧をしてて変だよ。あれ化粧おとしたら絶対かわいくないよ。」
でもそれってGBの単なる好みじゃないのかしら?と内心思っていました。
貝殻や流れ着いた珊瑚などを拾ったり、泳いだりして夕方まで楽しんでいました。日が沈みだした頃、ボートに戻り夕陽をのんびりと眺めていました。
夕食もオンビーが作ってくれて、みんなでがつがつ食べました。
「おいしいー!」
叫びながら食べていました。
すっかり日が暮れるとあたりは星だけになりました。少し雲がかかっているようで、少な目の星の数でした。それでもかなりの数の星が空を優しく照らしてくれていました。
そんなロマンチックなシチュエーションの中、私たちはアラックの宴会をやっていました。ボートの揺れとお酒の効果で9時ごろには眠くなり横になりました。すると枕と敷布団と薄い掛け布団を船長が持ってきてくれました。私はそこに体を沈ませると意識も一緒に沈み眠りに入りました。
朝5時半に薄っすらと明るくなった世界に目を覚ましました。船長とクルーは既に起きており、ごそごそと準備をしていました。みんなが目を覚まし、コーヒーを飲みながら揚げたバナナで朝食になりました。そして朝の涼しいうちにコモド島のトレッキングに向かいました。
コモド島の方がたくさん動物がいました。もちろんコモドドラゴンにも会えました。気温が高くなるまえにジャングルに入り、木の覆い茂った中をゆっくりと歩いていました。野生の鶏や様々な種類の鳥、猿、コモドドラゴンが迎えてくれていました。
リンチャ島とコモド島を比べるとコモド島の方がよかったように思います。しかしその原因は間違いなく訪れた時間だと思います。もし午前中にリンチャ島に行っていたら違った感想だったかもしれません。しかし、どっちにしても私はジャングルよりビーチの方が好きだと言うことがはっきりと分かりました。
「レッツゴー!ネクストビーチ!!!」
そう叫んでコモド島を後にしました。
ラブアンバジョーから約3,40分くらいのところにあるビダターリ島までは結構時間がかかりました。でも、移動中に食べたお昼ご飯が私を幸せにしてくれました。
「これで最後かぁ。よし、しっかり食べるぞ!」
と、またも妊婦状態になるまで食べ続けました。本当に本当においしいご飯でした。
ビダターリ島に着いたのは日が傾きだした頃でした。さっそく飛び込み珊瑚チェック!
毎回のことながらきれいでした。魚も多く、珊瑚もあり満足していました。あっちこっちうろうろ泳いでからはビーチで遊んでいました。
一度棘のある植物のフェンスに近づいたとき、棘が刺さってしまいました。しっかりと食い込み取れにくい棘が私の足の裏と足首に刺さりました。足首のはすぐに取れたのですが、足の裏のは深くまで入ってしまいました。船に戻りピンセットで棘と格闘!!!痛みはなかったので何とか掘り出しました。
そんなことでめげることもなく、再度ビーチをうろうろ、珊瑚と魚の見学泳ぎをしていました。
夕陽が沈む前にラブアンバジョーに戻りました。
船長とオンビーにお礼をして、みんなで記念撮影をして船と別れました。
ホテルにチェックインをし、断水解除を待っていました。昨日はシャワーがなかったので、早く髪の毛と体を洗いたくてうずうずしていました。
そして、水が来ると走ってシャワーを浴びに行きました。
すっきりしてコーヒーを飲んでいるとGBが
「じゃあ、うちに行こう!」
と、誘ってくれました。彼はラブアンバジョーに住んでいるので車ですぐ行けるのです。
彼の家は比較的いい家でした。インドネシアのドラマがテレビでやっていて、その回りに座らせてもらいました。コーヒーとお菓子を頂き、しばらくおしゃべりをしていました。
そこに住んでいるのは4人だと言っていたのですが、8人は家の中にいました。なので誰が誰なのか全く分からずじまいでした。でも、みんないい人たちで楽しく過ごせました。
それからホテルに戻り夕食を取ることにしました。
フローレス島最後の晩餐。
特に、たいしたものを食べた訳ではありませんでした。いつも通りのメニューであっさり食べ終わりました。それでもUS君と2週間のフローレス島調査の思い出話をして楽しんでいました。
夜はいつものことながらアラック宴会。トランプをしながらアラックを飲んでいました。明日帰ることなんて忘れて眠りに落ちるまで遊び続けました。
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2007年05月15日
インドネシア生活♪ vol.21
5月12日
昨晩は全然ぐっすり眠れませんでした。1時過ぎに眠りに入り3時ごろ目を覚まし、さらに3時半くらいに眠り6時に起きました。7時までは何とか二度寝をしたのですが、寝起きはぼぉっとしてすっきりしませんでした。
顔を洗いに行く、ちょうどGBがシャワー浴びるところでした。私は寒かったので水のシャワーを浴びるのをあきらめました。
朝食を食べ始めるまでUS君は眠っており、8時ごろに起こしに行きました。3人で食事をしながら、今回の旅費の話になりました。私たちは2人で10万円くらいを払っていたのですが、GB曰く「レンタカーとドライバー代は一日5400円くらい」だと言っていました。と言うことは11日で59400円だということです。一泊二日のコモド島ツアーはボート代と食事代で23700円くらいなので、20000円くらいはツアー会社の取り分になっていることになります。たった20分くらいの説得で得た20000円はインドネシアにすれば高額だと思います。時間が限られていてもう少し交渉をしたり、他を当たったりできなかったことに少し反省でした。
午前中にGBの家に寄りました。すると亡くなったお兄さんの奥さんが体調が悪そうにしていました。よくよく話を聞いてみると、2ヶ月もお腹の調子が悪いそうです。単なる腹痛または下痢なようです。二週間に一度病院に行き薬を貰っているそうです。それを聞いて私は不思議な感じになりました。どうしても彼女の手を取りたくなったのです。そしてその衝動のままに彼女の傍により手を貸してもらいました。片手ずつ包み、最後に彼女の両手を上下から包み込みました。私はただただ祈っていただけです。私の中のエネルギーが少しでも伝わるように心から祈りました。それが終わってからGBに通訳をしてもらい、「病は気から」の話をしました。きっと彼女の中に亡くなったお兄さんのことがあるのだと思います。そのことに対して私は
「とにかく心を楽にして、自分を落ち込ませないで下さい。そして人は誰でもいつか他界します。そのときは運命で決まっているので、それを受け入れるだけです。きちんと心の中に生き続けてくれるから心配しないで下さい。」
と、どうにか一日も早く治って欲しい思いだけで話ました。
ルーテンの町見学をしてから、ラブアンバジョーに向けて出発しました。お腹がぺこぺこになった2時ごろにお昼ご飯を食べました。ローカルのワルンでお腹いっぱい食べて満足しました。
レンタカーでの移動が始まってからずっとそうだったのですが、いい写真のポイントでGBが止まってくれていました。今回もいつものように橋の上で止まりました。
そして何枚か撮ったあと、私はおもむろに
「もしかして、下に行けるんじゃない?水がきれいだしちょっと行ってみよ!」
といって、川に降りることにしました。私が一人で浅い川をうろうろ遊んでいるとGBが車で川に入ってきました。そして
「洗車をするね!」
と、言い出したのです。私もそれに同感し、みんなで車をきれいに洗うことになりました。結構真剣に隅から隅まで洗っていました。すると地元の子供たちが集まってきました。最初は興味ありげに見ているだけだったのですが、私がカメラを持ち出すとみんなポーズを取り始めました。そしてさらにみんなで洗車のお手伝いをしてくれたのです!!!それがとってもうれしくって楽しくて、本当にかわいい子供たちでした。
私たちは薄ら汗をかきながら車をきれいに洗いあげました。今まで毎日走ってくれた車へのお礼でした。
そして車を走らせると胸に込み上げるものがありました。始めはレンタカーのドライバーとして会ったのですが、
毎日一緒に行動して
毎日一緒に話をして
毎日一緒にご飯を食べて、
毎日一緒にアラックを飲んでいると
だんだん仲間の意識が生まれてきたようです。あと何時間でラブアンバジョーに着くと、一緒に車で移動することはなくなってしまします。何だか淋しい気持ちになりました。キャップのつばを深くかぶり、涙がばれないように視線を遠くに飛ばしていました。
何とも愛らしい気持ちになっていました。そして涙が落ちる頃には笑顔になっていました。
夕日の時刻にラブアンバジョーの絶景ポイントにつきました。そこで私は天然のパイナップルを見つけたのです。地元の人に食べれるか尋ねると、さささっと取ってくれたのです。そしてGBが食べられるように切ってくれました。
私は最高の夕日を見ながらおいしい新鮮なパイナップルを食べていました。めっちゃ幸せな時間でした。
日が暮れたころにラブアンバジョーに着きました。なかなかホテルが見つからなかったのですが、安いホテルに一室空いているところがありました。早速チェックインをし、明日のツアーの予定を確認しました。
汗でべとべとになった体をきれいさっぱり水浴びをしました。気持ちよくなり、気分も良くなりました。夕食はホテルの上階にあるレストランで食べました。お腹が減っていたのでカレーとスープを頼みました。どちらもおいしかったので、ついつい食べ過ぎてしまいました。まるで妊婦のようなお腹になって、部屋に戻ってきました。
フローレス島最後のポイント、ラブアンバジョーの始まりはいいようです。
明日からの一泊二日のコモド島ツアーがとっても楽しみで、胸をわくわくさせながら今日は眠ろうと思います。
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インドネシア生活♪ vol.20
5月11日
朝一の温泉は寝起きの体をすっきり起こしてくれました。やっぱり始めは洗顔、そして方まで湯に浸かりました。GBも温泉に入りに来ました。US君はまだ寝ているようだったので、2人で朝風呂を満喫しました。
部屋に戻るとちょうど朝ご飯がやってくる頃でした。コーヒーとフライバナナ。ちょっと脂っこかったけど、しっかり3つ食べました。味はおいしいとも言えませんが、空腹には満足できました。
最高の贅沢をしたソア村を出てバジャワのホテルに行きました。そしてインターネットを借り、GBのメールアドレスを作ったり、メールチェックをしました。
私は朝からずっと理由も分からずドキドキしていたのですが、メールを見た瞬間に原因が発覚しあました。それは私の大好きな友達の一人の結婚報告でした。そのメールを読み、ドキドキはさらに増し、喜びの絶頂に達しました。彼は大学の頃からの大事な仲間の一人でとっても真面目な人です。ちょっと頑張りすぎな嫌いがあり、体調を崩し倒れることも多々あります。そんな彼がとってもとってもかわいい彼女との結婚報告は私を最高の幸せに導いてくれました。本当に本当にうれしかったです。そのドキドキはお昼まで続いていました。
バジャワを出て、2時間ほど走ったところで昼食を取りました。バスが来るたびにほこりまみれになる船着場でした。朝からのドキドキがやっと静まってきて、落ち着いて次の場所まで移動しました。
さらに一時間ほど行ったところにボロンという場所がありました。私たちはそこで一服して、近くのビーチに行きました。そこはそんなにきれいなビーチではありませんでしたが、移動の疲れを取るには十分でした。
移動中にGBが彼の過去について語ってくれました。
「僕は学校を出て、15歳から18歳まで軍隊で働いていたんだ。でも18歳のときにジャングルの調査のとき、試し打ちが上司にあたって殺してしまったんだよ。それでさらに上の上司から言われて首になったんだ。でもこのことを知っているのはほんの少しで、僕はそのままフローレスに戻ってきたんだ。それからはトラックの運転手をやっていたんだけど、社長がケチで給料をきちんとくれなかったんだ。だから僕は社長が嫌いだった。あるときトラックを運転してると道が悪く転んでしまったんだ。そのとき、隣に座っていた友達が飛び出しちゃって死んじゃったんだ。それから1年間はルーテンの刑務所にいたんだ。刑務所を出てからはツーリストのためのドライバーをしてるんだよ。」
と、終始笑いながら話してくれました。そして最後には
「僕は軍隊と警察が大嫌いなんだ!!!」
と、豪語してました。
GBはかなりおもしろい、いいキャラをしています。いっつも笑わしてくれて車内は常に笑いが多かったです。
車を走らせてから約2時間で今日の宿泊地ルーテンの着きました。GBの家がルーテンにあり、お邪魔することになりました。そこでコーヒーを飲みながら小一時間ほどおしゃべりをしていました。GBの兄弟とその子供たちはみんた優しく、楽しい人でした。GBのお兄さんが現在マラリアにかかっていて、一年前に亡くなったGBのお兄さんの奥さんが病気中ということだけが心配でした。
そのあとホテルにチェックインし、足りなくなったシャンプーを買いに行きました。フローレス島にしかない大きなスーパー「マタハリ(意味:日の出)」でビールも一緒に買いました。久しぶりのビールはとってもおいしかったです。
GBの家で夕食を招待されていたので、ビンタンのビンビールを片手にお邪魔しました。食事ができるまで楽しくおしゃべりしをしながら待っていました。私の空腹が限界に来た頃、食事が運ばれてきました。ご飯、二種類の焼き魚とソース、キャッサバの葉とココナッツ炒め、野菜と麺の炒め物でした。どれもおいしそうでガッツリお皿によそいました。
「おいしい〜!!!!」
今までフローレスで食べたどんな料理よりもおいしかったです。おいし過ぎて食べ過ぎてしまったくらいです。パンパンにお腹がはれるまで食べつづけました。もう食べれなくなったときには動けなくなっていました。しばらくお腹が落ち着くまでみんなでおしゃべりをして楽しみました。
ここの家族はみんないい人たちでとってもいい時間を過ごせました。今日も一日幸せな日になりました。ありがとうございます!!!
−今日の詩−
道っていいなぁ
真っ直ぐなときもあるし
くねくねぐるぐる曲がるときもある
車で走ることもあれば
歩いて進むこともある
いろんな姿に変えながら
ずっとずっと続いていく
笑顔で作られたお米は
100倍おいしい
ご飯を食べて笑顔になると
もっともっとおいしい
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インドネシア生活♪ vol.20
5月11日
朝一の温泉は寝起きの体をすっきり起こしてくれました。やっぱり始めは洗顔、そして方まで湯に浸かりました。GBも温泉に入りに来ました。US君はまだ寝ているようだったので、2人で朝風呂を満喫しました。
部屋に戻るとちょうど朝ご飯がやってくる頃でした。コーヒーとフライバナナ。ちょっと脂っこかったけど、しっかり3つ食べました。味はおいしいとも言えませんが、空腹には満足できました。
最高の贅沢をしたソア村を出てバジャワのホテルに行きました。そしてインターネットを借り、GBのメールアドレスを作ったり、メールチェックをしました。
私は朝からずっと理由も分からずドキドキしていたのですが、メールを見た瞬間に原因が発覚しあました。それは私の大好きな友達の一人の結婚報告でした。そのメールを読み、ドキドキはさらに増し、喜びの絶頂に達しました。彼は大学の頃からの大事な仲間の一人でとっても真面目な人です。ちょっと頑張りすぎな嫌いがあり、体調を崩し倒れることも多々あります。そんな彼がとってもとってもかわいい彼女との結婚報告は私を最高の幸せに導いてくれました。本当に本当にうれしかったです。そのドキドキはお昼まで続いていました。
バジャワを出て、2時間ほど走ったところで昼食を取りました。バスが来るたびにほこりまみれになる船着場でした。朝からのドキドキがやっと静まってきて、落ち着いて次の場所まで移動しました。
さらに一時間ほど行ったところにボロンという場所がありました。私たちはそこで一服して、近くのビーチに行きました。そこはそんなにきれいなビーチではありませんでしたが、移動の疲れを取るには十分でした。
移動中にGBが彼の過去について語ってくれました。
「僕は学校を出て、15歳から18歳まで軍隊で働いていたんだ。でも18歳のときにジャングルの調査のとき、試し打ちが上司にあたって殺してしまったんだよ。それでさらに上の上司から言われて首になったんだ。でもこのことを知っているのはほんの少しで、僕はそのままフローレスに戻ってきたんだ。それからはトラックの運転手をやっていたんだけど、社長がケチで給料をきちんとくれなかったんだ。だから僕は社長が嫌いだった。あるときトラックを運転してると道が悪く転んでしまったんだ。そのとき、隣に座っていた友達が飛び出しちゃって死んじゃったんだ。それから1年間はルーテンの刑務所にいたんだ。刑務所を出てからはツーリストのためのドライバーをしてるんだよ。」
と、終始笑いながら話してくれました。そして最後には
「僕は軍隊と警察が大嫌いなんだ!!!」
と、豪語してました。
GBはかなりおもしろい、いいキャラをしています。いっつも笑わしてくれて車内は常に笑いが多かったです。
車を走らせてから約2時間で今日の宿泊地ルーテンの着きました。GBの家がルーテンにあり、お邪魔することになりました。そこでコーヒーを飲みながら小一時間ほどおしゃべりをしていました。GBの兄弟とその子供たちはみんた優しく、楽しい人でした。GBのお兄さんが現在マラリアにかかっていて、一年前に亡くなったGBのお兄さんの奥さんが病気中ということだけが心配でした。
そのあとホテルにチェックインし、足りなくなったシャンプーを買いに行きました。フローレス島にしかない大きなスーパー「マタハリ(意味:日の出)」でビールも一緒に買いました。久しぶりのビールはとってもおいしかったです。
GBの家で夕食を招待されていたので、ビンタンのビンビールを片手にお邪魔しました。食事ができるまで楽しくおしゃべりしをしながら待っていました。私の空腹が限界に来た頃、食事が運ばれてきました。ご飯、二種類の焼き魚とソース、キャッサバの葉とココナッツ炒め、野菜と麺の炒め物でした。どれもおいしそうでガッツリお皿によそいました。
「おいしい〜!!!!」
今までフローレスで食べたどんな料理よりもおいしかったです。おいし過ぎて食べ過ぎてしまったくらいです。パンパンにお腹がはれるまで食べつづけました。もう食べれなくなったときには動けなくなっていました。しばらくお腹が落ち着くまでみんなでおしゃべりをして楽しみました。
ここの家族はみんないい人たちでとってもいい時間を過ごせました。今日も一日幸せな日になりました。ありがとうございます!!!
−今日の詩−
道っていいなぁ
真っ直ぐなときもあるし
くねくねぐるぐる曲がるときもある
車で走ることもあれば
歩いて進むこともある
いろんな姿に変えながら
ずっとずっと続いていく
笑顔で作られたお米は
100倍おいしい
ご飯を食べて笑顔になると
もっともっとおいしい
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インドネシア生活♪ vol.19
5月10日
午前中にホテルのオーナーのお母さんが作っていた藍染めイカットの作業場に連れて行ってもらいました。現在は発注がない限り作っていないそうです。
そこで私は物凄く感動しました。強い力を肌で感じながら話を聞いていました。そして、藍染めのプロセスを全て教えてくれました。
《藍染めの仕方》
1,採れたてのタル(植物。インドネシア語でインディゴの意味)を水を首まで入れた壺に入れ、3日間放置しておく。
2,タルを取り出す。
3,新しい壺に水を移し、そこにチョークを入れる。このチョークは近所のお店で買える。※大昔は珊瑚を使っていた。珊瑚を燃やし、水をかけると粉々に砕けるそうだ。それを水のなかに入れていた。
4,一日かき混ぜる。最低でも3時間はかき混ぜる。
5,色が黄色になるまで約3週間寝かす。
6,かき混ぜると青い泡が水面に浮かんできたら染め始める。
7,3日間染めと乾かしを繰り返す。
8,水がなくなってくるので、1からやり直す。色は繰り返す回数が多ければ多いほど濃い色になっていく。最低でも3ヶ月はかかり、通常一枚のカインを織って出来上がるまでに一年はかかる。
この藍染めができ、やっている人はバジャワには3,2人しか残っていないそうです。臭いを嫌がったり、時間がかかるのを嫌がって化学繊維を使う人が増えてしまったそうです。20〜25年前はこの場所でたくさんの人がカインを作っていたそうですが。確かにビジネスには向いていません。彼女たちも目的は商売ではなく作品として製作しているようです。
作られたものを見せてもらったのですが、とっても重みのある生地でした。芸術的な要素が含まれていて、時間を感じられました。
そのあと、近くで現在作業しているところに連れて行ってくれました。そこでは化学繊維を使ったカインを作っていました。デザインがあまり好みでなかったので、買わずにホテルに戻りました。
お昼を食べたあとに、
「今日こそはソア村に泊まるぞ〜!」
と、意気込んで出発しました。ほんの30分ほどで着いて部屋があるかどうか確認しました。
「やった〜!!!」
バンガローが一軒空いていたのです。しかし中はものすご〜く汚かったので、掃除をしてもらうことになりました。
私たちは車に戻り、本を読んだり、ココナッツを飲んだり、昼寝をしたりのんびり休んでいました。今日は‘ソア村温泉一泊旅行’と言うことにしたのです。
夕方暗くなってからバンガローに荷物を運びました。ドアを開けて「さあ、入るぞ」ってときに停電になったのです。フローレス島にいて今まで停電にならなかったのが不思議だったことに気づきました。キャンドルに火をつけ、夕食の時間まで時間を潰していました。
8時に食事を済ませ、温泉に入りに行きました。今日で3度目のスーパー天然風呂。
疲れを取って、美肌になって、ちょっとだけ美人なったつもりに浸っていました。
あ〜、やっぱり温泉大好き!!!
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インドネシア生活♪ vol.18
5月9日
モニにあるイカットを作っている村に行ってきました。各々の軒下や木陰に手作りの木で出来た織機があります。そこで女性がイカットを織っているのです。おばあちゃんもお母さんも娘も、みんな一緒に作業をしています。一枚のカイン(英語ではサロン。筒状になっている布で服として使われています。)を織るのに約1週間だそうです。
私たちが一軒目の家に車を止めると笑顔で迎えてくれました。織っている風景を見せてもらい、何枚かのカインを持ってきてくれました。そして私に着せてくれました。着心地はとってもよかったです。
そして、もし買うとしたらいくらかと質問をしてみました。するととっても安いのです。一番安いので2000円しないくらいなのです。もちろんモノによって金額には差がありますが、町で買うよりずっと安かったです。
そのあとも何件か村を歩き、気に入ったカインがないか探しました。最後に着いた家のカインが私の好みのものが多かったです。何枚も見せてもらい、それからいくつか選択しました。4年前に作られたものは鮮明な色ではなかったのですが、なかなかいい味を持っていました。そこで私は5枚を選び値段を尋ねました。するとこれまた安い!!!5枚で約13300円。さらにおじいちゃんは
「もっとディスカウントするよ。いくらがいい?」
と言ってくれたのです!!!すでに安いのにさらに安くしてくれるなんて、よほど売れないものなのかと疑ったくらです。しかし例え売れないものでも自分が欲しいと思ったものなので、気になりませんでした。私がディスカウントの値段をいくらにしていいのか悩んでいるとおじいちゃんが
「じゃあ、9300円でどうかい?」
「え〜!!!そんなに安くていいの???」
と言いながら即決しました。
するとGBも便乗して2枚買っていました。
さらにここの家族はなんて優しいのでしょう。私とUS君とGBに一枚ずつ小さな手織りのショールをくれたのです!
もう〜!私はここが大好きになっちゃいました。
モニを出てエンデに着くまでは行きと同じジャングルのくねくね道を通りました。その間にGBがアロール島には4月になるとたくさんのイルカがやってくると教えてくれました。私はイルカが大大大好きなので、いつか機会を作って行ってみたいなと思いました。
エンデでお昼ご飯を食べ、GBのお兄さんの家に寄りました。コーヒーを頂きながらおしゃべりをして休みました。民宿計画のことを話したらラブアンバジョーがいいと言っていました。フローレス島に唯一ある一つ星ホテルもラブアンバジョーにあるそうです。コモド島へ行く出発地点のため、観光客も多いようです。実際に行くのが楽しみになりました。
エンデからバジャワまではあと5時間車で走りました。
先日泊まったホテルでインターネットを借りメールのチェックをしました。なかなかネットワークがつながらず時間がかかりましたが、つながってしまうと意外に早く終わりました。
そしておなかを満たしにレストランに行きました。野菜スープがおいしく満足しました。
今日はソア村の温泉に行き、そこで泊まる予定でした。しかし残念なことに2つあるバンガローが満室で泊まることはできませんでした。そこで温泉に入ってからまたバジャワのホテルに戻ることにしました。
ここから見える星空は最高でしたー!!!モニで見たときよりもっともっと星の数が多く感動的でした。
さらに流れ星がす〜っと3回も落ちたのです。小さな流れ星はたくさん見たことがあったのですが、あれだけ長いのは久しぶりでした。
超天然露天風呂での満点のプラネタリウム。これぞ贅沢!!!
明日こそはここに泊まるぞ、と期待しながら満足して帰りました。
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インドネシア生活♪ vol.17
5月8日
昨晩の約束では6時に出ることになっていたのですが、みんな飲みすぎていたようで起きてきませんでした。私は一人6時に起き、コーヒーを飲みながら本を読んでいました。
全員準備が整い、ララントゥカを出発したのは8時ごろでした。ラブハンバジョーからララントゥカまで(フローレス島の真西から真東)来て、同じ道を戻ることになります。フローレス島には一本しか高速道路(?)がないので、違う道を通って帰ることはできないのです。もちろん、悪い道を遠回りしていくことはできますが、島民は基本的に一本の道を使っているようです。
11時半にマウメレに着き、お昼ご飯を食べました。私は物凄くお腹がすいていて、誰よりもたくさん食べました。たこのフリットとチキンライスのようなものがとってもおいしかったです。
そして、食後は最近の運動不足を強烈に感じ、一人で軽いランニングをしました。おそらくそこにいた人みんなが「あいつ変だな」と思っていたに違いありません。しかし、どうしても走りたかったのです。いっぱい汗をかいたけど、気持ちよかったです。
マウメレから北部の海岸沿いを走ったところにシカ村はありました。イカットの買付の人たちが来るのに慣れているようで、着いた瞬間たくさんの人が集まってきました。そして、たくさんのイカットを持ってきてくれたのです。私たちは座らせてもらい、いくつものイカットの中からいいものを選びました。私が気に入ったのは3つ。どれもいい味のある生地でした。
ここからが交渉。昨日のおじさんの言っていた価格を参考にし、その値段の半額くらいで買うことが出来ました。安いものから約2700円、4000円、5300円でした。およそのサイズは約1.2m×2mくらいの筒状のものです。サロンと言われる現地の人が普段身に付けているものです。
私はかなり満足して、車に乗り込みました。
今日の宿泊地モニに着いたのは6時半頃でした。そして、今日も長距離の移動になりました。
私たちはまず食事を取ることにしました。ワルンにはない野菜炒めを頼み、がっつり食べました。フローレス島に来て一週間くらいになりますが、間違いなく男2人より私の方が良く食べるし、元気なようです。日本にいるときは8〜9時間は平気で寝てしまうのに、ここでは平均6時間です。日本でお仕事をしている方からすれば「十分」と言われそうですが。。。
とにかく、心身共に丈夫で健康な私です。
今日は移動中に車の中で思ったことが2つありました。
フローレス島には椰子の木がたくさんあるので、ココナッツオイルを使った化粧品を作れないかなと考えました。精製方法など全く無知なので出来るか否か分かりませんが、ちょっと調べてみようと思いました。
そして、もう一つはソア村の温泉の成分を抽出できないかと思いました。お風呂に入れられるようにできたらいいなと思ったのです。かなり美肌効果があると実感しているので、実際に日本でも入れたらいいなという願望です。
こんな風にちっちゃなアイディアをなるべくたくさん見つけられたらいいなと思いました。
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インドネシア生活♪ vol.16
5月7日
明け方に一度起きたけど、ぐっすりと7時まで眠れました。今日はララントゥカから近くのソロール島にあるラマケーラというところに行くことになっています。GBがバブリックボートは12時に出ると教えてくれたので、小さな小さな町を散歩することになりました。観光客なんてきっと全くと言っていいほど来ないような町です。たいしたお店もなく、町の外れ(端から端まで10分くらいで歩けちゃうと思います)にある銀行に入りました。ここにGBの友達がいるとのことで。
一番奥の部屋で仕事をしている人がGBの友達でした。外のお店と比べたら信じられなくらいしっかりした部屋でした。やっぱり銀行はお金持ちだなぁと思いました。
町を一回りして港の方に来ました。するとGBがボートのチャーターの交渉を始めてくれました。そして、一艘往復約5000円で借りることができました。
ホテルに戻り荷物の準備をし、お昼のお弁当を持って港に戻りました。
そこには小さなボートが一艘待っていました。エンジンの音が「ゴゴゴゴー」と唸り出し、私たちはラマケーラに向かいました。
フローレス島の東にはいくつもの比較的大きな島があります。まずララントゥカから一番近いのがアロナラ島です。緑に覆われた島を左手に沿いながら進みました。そしてアロナラ島の南にあるソロール島へ海を渡りました。
日差しが強く、肌にたくさんの光が突き刺さりました。影などありません。海の照り返しと空からのダブル攻撃を回避する方法は皆無でした。しかし前から受ける影が助けになり、暑いなりの気持ちよさでソロール島に着くことができました。
入手していた情報では1時間で着く予定だったのだが、ラマケーラは思っていたよりずっと遠かったのです。約2時間かかって、ララントゥカの少し先のソロール島最東端まで行きました。そこの波は少し高く、船が止まれるようなところではなかったので、陸には上がりませんでした。引き返して波の穏やかなビーチでお昼ご飯を食べることになりました。
最高!!!
水の透明度は今までの中で一番かもしれない!!!
しかし残念なことにゴーグルを持っていなかったのである。ここに観光客が来ることは滅多にないようで、観光に対応したものは何もない、というより自然以外の何もないところでした。
肉眼でも海の底に写る影が見えたのです。自然にできた砂浜も美しく、水もきれい。申し分のない素晴らしいところでした。
木陰に荷物を置き、お弁当を食べました。かなりお腹がすいていたので、勢い任せに食べきってしまいました。
その後は海で泳いだり、本を読んだりしてゆっくりと時間をすごしていました。
突然、現地の人がやってきて、訝しげに私のことを指差しながら何か言っていたのです。
しかも、かなり怖い顔で。
私は薄々気づいていました。GBから
「ごめんなさい。着替えてくれますか。」
と、お願いされて分かりました。ここはイスラム教だったのです。フローレス島の約85%はカトリックだと聞いていたのですが、ここソロール島はイスラム教が強いようでした。
そこで、私はTシャツと端パンに着替えたのです。
世界中の様々な国において、日本人が思っている以上に宗教の力は強いのです。特に発展途上国ではそれが顕著に見られます。観光客が入れないお寺があったり、一年中お祭りをやっていたり、その形は様々です。
そして、ソロール島は観光化されていないので「外部からの侵入者」を受け入れる準備は全くと言っていいほどできていなかったのです。
このことを考えると、いくら美しい島であっても観光施設であるホテルを作ることは難しいと思いました。
帰りは行きより早く1時間40分でララントゥカに着くことが出来ました。
そしてホテルでシャワーを浴びすっきりしました。
部屋で少しのんびりしてから近くのワルンに夕食に行きました。焼き魚とキャッサバの葉+ココナッツミルクのたれとご飯を食べました。インドネシアでは一般的な定食のようなものです。私はこの日常食が結構気に入っています。
ホテルに戻ると午前中に会った「イカットの買付業者」のおじさんがいました。私は彼のコレクションを何点か見せてもらいました。ララントゥカの近く村、シカ村、エンデ、ウォロワル村から集めたものでした。各々の写真を取り、金額を聞きました。これからいくつかの村に寄る予定なので、参考にさせてもらいました。フローレス島のイカットはとてもシンプルなものが多く、私はとっても気に入っています。
夜はGBの友達とみんなでアラックを飲みながら楽しく過ごしました。
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インドネシア生活♪ vol.15
5月6日
午前3時半に起床し、フローレス島で一番標高(約665m)の高いクリムトゥ山に向かいました。まぶたを開けられないほど眠い中車で約50分、そして歩いて約30分で頂上に着きました。まだ空は月の明かりが強い中、ゆっくり足元を気を付けながら上りました。風が強く早朝ということもあって、かなり寒かったです。
ゆっくりと地球が太陽の方に向かって回転してるのを体で感じていました。そらの色が徐々にしかし確実に変化していく様子をじっくりと見つめつづけていました。
自然の作り出す無限の数の色がきちんと調和し存在を強く主張していました。そして自分の小ささを感じていました。
太陽が顔を出すと、おもいっきり眩しい光が私を包みました。心なしか温かくなったように思えました。本物と直面して目が焼けるほど焦点をずらすことができませんでした。
空が明るくなってきたのと同時にクリムトゥ山が名所であると言わんとしている湖が姿を表してきました。青色をした湖は突然現れた異変のような佇まいをしていました。きれいな色は日の出の色と対峙しながら手を取り合っているようでした。
日が昇って30分くらいしてから下山しました。ホテルに戻り、朝食を取りました。おなかがぺこぺこでバナナパンケーキがかなりおいしく感じました。
午前8時半頃、フローレス島最東端であるララントゥカ目指して出発しました。
モニから12Kmくらいのところにあるウォロワルというイカットを作っている村を通りました。平日だったらイカットを見ることができたのですが、残念ながら今日は休日でした。仕方ないのでラブハンバジョーに帰るときに寄ることにしました。
今日も「移動日」だったので、車の中でドライバーのGBとインドネシア語講座を受けながらいろんな話をしていました。
そのときの話では彼のお父さんは8年前にマラリアで亡くなったそうです。
「フローレス島でマラリアにかかる人は多いんですか?」
「多いですよ」
と、当たり前のことのようにさらっと答えていました。私は何と言っていいか分からず、しばらく黙ってしまいました。
「僕はパパのこと大好きだよ」
と、明るい声でまるで子供のようにGBが言ったのです。それを聞いて私は
「そうだよね、それでいいんだよね。」
と、心の中で思いました。
車からの景色を楽しんでいると時間を忘れてします。ひたすら続くジャングルも見渡す限りの畑や田んぼも大きな海やビーチも、全てに見入っているとあっという間に時間が過ぎてしまいました。
そして、ここに住む人たちのことについてふと思ったのです。
「ここには“すべきこと”はなく、自然の流れの中で当然のごとくできた“すること”があるだけ」だと感じたのです。ただ当たり前のことやり続けることを体が覚えている人たちだと思えました。
ララントゥカに着いたのは5時過ぎでした。ホテルにチェックインし、汗ばんだ体を水で流しました。現地の人が泊まるホテルが一軒しかここにはないので、シャワーはありませんでした。蛇口をひねり、勢いよく出てくる水に頭を突っ込んで洗いました。すっきりと体をリセットして、港に向かいました。
明日はララントゥカから船で一時間程のところにあるソロール島に行く予定なので、船の確認に行ったのです。GBが交渉をしているとどんどん人が野次馬でやってきました。しかしなかなか交渉は治まらず結局明日の朝にパプリックボートが出るのを待つことにしました。
まず第一目的は「そこがどんなところか知ること」なので、行ければいいと思っています。
夕食はホテルの近くのワルン(食堂)で食べました。おなかがすごくすいていた私はUS君よりもGBよりもたくさん食べました。おいしかったです!!!
今回フローレス島の調査に来て、5日が経ちました。そして思ったのが、
「私はこの土地と相性がいい」
と、いうことです。今までいろんな国に行き、いいことも悪いこともたくさんありました。それには常に「相性」があったのだと思います。
人間と土地にはもともと相性があり、相性がいいといいことが多いのです。天候や出会いなど自分の力の及ばないところに作用するのが相性です。
この5日間全くと言っていいほど悪いことがなかったので、私はフローレス島と今のところすごく相性がいいようです。
ララントゥカに唯一の現地人御用達のホテルはとにかく暑いです。なぜなら風の通りがないのです。どうにか眠れることを祈っています。
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インドネシア生活♪ vol.14
5月5日
今朝は7時半にホテルを出る予定だったのだが、みんな昨日のアラックのせいで起きられませんでした。私は一人7時前に起きて日記を書いていました。8時近くになり1人2人と起きてきました。二日酔いはUS君だけだったようです。
ホテルを後にし、日差しの強い海沿いの道をひたすら東に向かいました。フローレス島は山や丘の多い島なので、標高によってかなり気温の差があるようです。山道を走っている間は寒いくらいなときがあるのですが、山を下りてしまうと肌に突き刺すような光が待っています。その肌がヒリヒリするような気候の中進みました。
約2時間ちょい行ったところのバス停の側でお昼ご飯を食べることになりました。ご飯とチキンにキャッサバの葉っぱをココナッツミルクで煮たスープをかけて食べました。お腹がすいていたのもあり、かなりおいしかったです。冷たい紅茶も火照った体に有難かったです。お店を出るときに持参のコップにコーヒーを入れてもらいました。どれくらい入れてくれたのか確認するためにふたを開けたとき、熱湯のようなコーヒーが手に飛び掛ってきました。
「熱い!!!」
と、叫びながら立ち上がってしまったくらいでした。お店の人に氷をもらい冷やして何とか小さな点だけの火傷に収まりました。
午後もひたすら走りつづけました。途中で青い石のビーチによりました。日本にも輸入されているという青い石がたくさんビーチに積まれていました。結構きれいな色をしていて、面白い形のものもあったので、私は拾って持ってかえることにしました。お土産にもいいかなと思っています。
フローレス島で2番目に大きな町、エンデに着いたのは3時半頃でした。車の調子が悪かったようで、小一時間程止まることになりました。その間は車内で薄ら汗をかきながら本を読んでいました。
今日の最終目的地のモニに着いたのは6時半頃でした。そして、今日の「移動」が終わりましたチェックインを済ませ、温泉に行く準備をしました。近くに天然の露天風呂があると聞いていたので、楽しみにしていたところです。
荷物を持って外に出ると、満点の星がまっていてくれました。まさに「プラネタリウム」。
「こんなにすごいのあり???」
と、誰かに聞きたくなっちゃったくらいです。
温泉までは田んぼ道を入っていきます。ぬかるんだ畦道をゆっくりゆっくり、滑らないように慎重に歩いて行きました。しかも真っ暗な中、小さな懐中電灯だけで行かなくてはならなかったので、緊張していました。どんなところに出るのかドキドキしていました。
そして到着。まさに幻想的な物語りの世界でした。少しぬるめの気持ちいい温泉に浸かりながら、驚くほどたくさんの星を仰げるのです。しかも月が隠れていたお陰で星の光はいっそうキラキラしていました。天の川がはっきりと見え、衛星がいくつもあり、流れ星が空を走り、星は静かな声で話し掛けてくれていました。どんなに見ていても飽きることのない素晴らしい感動でした。
私たちがホテルに戻ろうとしたとき、月が顔を出したのです。なんと私たちが出るまで待っていてくれたのです。
「そろそろいいかな?」
という頃合に美しい顔を淡い光を放ちながら現れたのです。
今日もまた自然の持つ「地球力」を見つけ、感じることができました。
とっても幸せな一日を終えられました。
−今日の詩−
太陽の光が優しく肌に触れる
そのままじゃ強すぎる
何かに頼りすぎでは壊れてしまう
木陰でやわらかい風を感じるような
ちょうどいい心地を感じよう
そして
私を包む全てに
ありがとう
人間だって動物
暑くても寒くても身を守るものをまとう
むさぼり食べ
眠る
自然と一緒に仲良く
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インドネシア生活♪ vol.13
5月4日
午前5時半頃に起き、期待の多い一日が始まりました。しかし準備をしたり朝食を取ったりしていたら、ホテルを出発したのが7時頃になってしまいました。
初日からやっているインドネシア語講座をしながら、朝の空気を切っていきました。
ガタガタくねくね道を進んで行き、少し走ると視界が開けてきました。そしてそこに待っていたのは物凄く素晴らしいパノラマの景色でした。そこには言葉で説明できないくらいの美しさ。
「最高!!!」
の一言しか思いつくことができません。
ここフローレス島は「地球力」が強く作用しているようです。その場を離れてもしばらくのどの奥が圧迫されるような力を感じていました。息が詰まるような強く心地よい苦しさがありました。どんな表現手段を使っても伝えつくすことができない「すごさ」がありました。これは実感してもらう以外、方法はありません。
「心の底から感動しました!!!」
信じられないくらいの強く深い感動があったのでし。
そんな自然や土地の持つ地球が本来持っているパワーを感じながら、最初の目的地に着きました。
ソア村
ここには100%天然の温泉がありました。しかも川です。強く流れる川の流れ、それが温泉なのです。調度良い温度のお湯と自然の作り出すジャグジー。最高に贅沢な温泉です。流れの急なところや穏やかなところ、いろんなところに移動しながら温泉を楽しみ、一時間以上浸かっていました。さらにこの温泉には素晴らしい効果があるようです。上がってから気づいたのですが、古い角質をきれいに全て取り除いてくれるようです。日焼けして傷んでいた肌や足の裏の皮などがおもしろいくら剥がれたのです。さらに腕や足がつるつるになっていたのです!
こんな素敵な場所にある温泉。ここは一生に一度は来るべきところだと思いました。私たちも出来ればバリ島に戻る前にもう一回来たいと思っています。
日が高いところまで昇って来たので、次の目的地に向かうことにしました。
さらに悪い道をガタゴト走って行きました。ジャングル道をゆっくり進んでいきました。そして、ジャングルを抜けると、そこは「お花畑」でした。道の両脇に咲き誇っている花。それはもうのどかな田園風景でした。
「こんなに素敵なところが、こんなにもたくさんあっていいの?」
と、疑問に思いたいのと同時に涙が出る程の感動がありました。
フローレス島の色の多さはとても価値のあるものだと思います。しかし終わりの9月頃は色が消えてしまうそうです。様々な植物が水が足りないという理由で枯れてしまうそうです。しかし、11月頃から雨季が始まるとまた植物たちは元気を取り戻し、きれいな色を身にまとい始めます。そして、私たちの見ている5月は一番いい季節だそうです。
話を聞いた通り、多種多様の植物の放つ緑、花の持つ明るい色、空から降りてくる水色、言い切れない程の色が包んでくれています。
今日の最終目的地のリユンに着いたのは昼過ぎでした。ホテルにチェックインし、水着に着替え港に行きました。そこで、船をチャーターし、ドライバーの友達兼ホテルのオーナー兼ガイドとドライバーとUS君と船の運転手と私で海に出ました。
はじめに連れて行ってくれたのは、物凄い数のフライングフォッグ(こうもりの大きい判)がいるところでした。着いたときはその数に気づかなかったのですが、ガイドとドライバーが海に飛び込みフライングフォッグに声や木を揺らし刺激を与えると、どんどん飛び出してきたのです!
その数は尋常じゃありません。気持ち悪いと思うくらいたくさんのフライフォッグがいたのです!!!その数にただただ圧巻するのみでした。
それから次はシュノーケリングのスポットに行きました。珊瑚の量は以前行ったムンガジャンの方が多いように思いました。しかしここでは「ニモ」(ディズニー映画)がいたのです。とってもきれいな魚の中の一種として、かわいらしく泳いでいました。私はきれいな水の中をしばらくゆっくりと浮かんでいました。
しかし、これで驚いてはいけなかったのです!そのポイントのすぐ近くの島に行くことになりました。そして、
「何これ?!?!?!」
「何でこんなにきれいなの???」
「ありえない!!!!!」
島に着いた瞬間飛び出た、というより叫び出た言葉です!
とにかく圧倒的にきれいなところなのです。今まで写真ではきれいなビーチの絵を見たことはありましたが、実際にあるなんて実感していませんでした。本当に本当に素晴らしくきれいなんです。白い砂浜から透明→スカイブルー→コバルトブルー→青、と水の色が変わっていくのです。
想像できますか?ドキドキする程の美しさを感じることは草々あるわけではありません。一生に何度かしか感じられないと思うくらい「物凄く、そして絶対にありえないくらい」に美しかったのです。
こんな素晴らしい島で日が沈みはじめるまでのんびり、ゆっくりとした本当の時間を過ごしていました。
夕日が沈むのと同時に船を走らせました。船から見る360度パノラマの空はすごかったです。背中を反らせて後ろをみると水平線が弧を描くのです。魚眼レンズのような見え方になるのです。そして自分のいる小さな空間を大きな地球が包んでくれているように感じました。
初めて「地球がまるい」と言うことを意識しました。
とにかく空は広いのです。そして海は大きいのです。「そんなことは知っている」と言われるかもしれませんが、それしか言えないのです。事実なのです。
陸に着き、ホテルの戻りました。潮を噴いている肌を真水のシャワーで洗い流しました。ぱさぱさになった髪を洗い、すっきりとしました。そして手洗いの洗濯をしました。貧乏旅行での洗濯は必須です。まず水に洗剤を溶き、洗濯物を擦り洗いします。そして30分くらい漬けておくのです。それからすすぎを丁寧にして、完了です。あとは絞って干すだけです。基本的には毎日やっています。ホテルの設備的に無理なときを除いて。日本にいると全自動洗濯機がやってくれることでも、慣れちゃうと当たり前のことになり、しんどさはありません。
夕食はご飯と近所で取れた野菜とチキンでした。とってもおいしい素朴な味がうれしかったです。
食事を終え、島に行った4人で近くに星を見に行くことにしました。しかし、残念なことに薄い雲が空を覆っていて星の数は多くありませんでした。海を見下ろす小さな丘にシートをひき、私たちはアラックを飲みながらおしゃべりをしていました。青空飲み会です。みんなが各々の楽しい話をしていました。インドネシア語と日本語を教えあったり時間はあっという間に過ぎていきました。そして、ホテルに戻ってからも飲みは続きました。私は2時ごろ相当酔っ払っていたので、倒れこむように眠り込んでしまいました。
今日は本当に素晴らしい一日でした。100%以上の美しさに出会い、楽しい人たちと時間を過ごせ、これ以上ないくらいの幸せを感じられた一日でした。もちろん、飲みすぎのアラックも!
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インドネシア生活♪ vol.12
5月3日
ルーテンを朝8時に出発しました。山道から見下ろす素晴らしい景色を見ながらくねくね道を進みました。何度も感動するような絵が目に飛び込み、時間の感覚がなくなってしまうくらいでした。
お昼ご飯を食べた小さなローカル食堂はものすごくゆったりのんびりしたところでした。海辺にある食堂なのですが、時間が止まったような空気を持っていました。ナシゴレン(チャーハンみたいなもの)を頼んだのですが、やってきたのは素揚げされた魚とご飯と野菜スープでした。特にナシゴレンじゃなきゃ嫌だった訳ではないので、来たものを食べることにしました。仕方なしに食べ始めたのですが、結構おいしかったです!食後にはコーヒーを飲み、満足できた昼食でした。
お昼ご飯を食べ終え、2時間くらいかけてべナ村というところに行きました。伝統的な建物を維持している古くからある村です。かやぶき屋根のシンプルなつくりの家が連なっていました。そこにあったイカットには期待をしていたのですが、残念ながらあまりよくありませんでした。化学染料を使ったいかにも売るためのイカットしか置いてありませんでした。私は草木染めで作られた伝統的なイカットを期待していのですが、全く持ってだめでした。
しかし、べナ村自体は素晴らしくきれいな村でした。そこから見下ろす風景も圧巻でした。
べナ村から約一時間行ったところにあるバジャワで一泊することにしました。ホテルは思っていた以上きれいだったので、安心しました。昨日泊まったルーテンの安ホテルはかび臭く、あまり居心地がよくなかったのですが、バジャワの安ホテルは快適です。お湯の出ないシャワーでしたが、バケツ杯分のお湯をつくってもらい温かいシャワー(?)を浴びることができました。
夕食はすぐ側にあるレストランで食べました。お豆腐と野菜のトマトソース炒めとご飯を食べ、ビールを飲みました。思った以上においしかったのでうれしかったです。でも食事の値段よりビール一本の値段の方が高かったのにはちょっとびっくりでした。
食事を終え、ホテルに戻るとバリから来たお医者さん団体がいました。彼らはフローレスの医療向上の為に一年間滞在するそうです。私たちと彼らとドライバーとホテルのオーナーとみんなで地元のお酒「アラック」を飲みながらおしゃべりをしました。そのときホテルのオーナーから彼のお母さんが伝統的なイカットを作っているという話を聞きました。しかしお母さんの作るイカットはとっても高いので、何とかもう少し安いものが手に入らないか確認してもらうことにしました。しかし金額はともあれ、とても素晴らしいイカットを見せてくれたのです。私は一目ぼれをしちゃいました。渋い藍色と白で作られた模様のあるイカットです。シンプルの中に味のある深みのあるイカットでした。どうにか手に入る方法を探したいと思っています。
フローレス島2日目も素晴らしい景色とゆっくりゆったりの時間を感じることができました。
何だかこんなに幸せでいいのかって思うくらい、素敵な時間を過ごせています。
しかし、残念なことに観光客の数がものすごく少ないので「民宿計画」の実現は難しそうです。そこで、考えました。今日思いついた一つのアイディアはこれです。
ずばり、「アート集団inフローレス」です。
10〜20人くらいのアーティストやデザイナーが一つの家または島を借り、そこでアート活動及び製作を行うのです。おそらく一ヶ月10万円くらいで生活できると思います。そしてここで製作した作品を東京・ヨーロッパ・アメリカなどの先進国で展覧会を行うのです。そこで販売をし、その費用でまた製作を行います。しかし一生フローレスで過ごすということではなく、5年くらいを目処に土地や国を変えていくのです。これっておもしろそうではないですか???
私は実現したらかなり楽しいことができると思っています!!!
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インドネシア生活♪ vol.11
5月2日
フローレス島へ行くために両替をし、防虫スプレーと虫除けクリームを買い、準備万端で出発の時間までコーヒーを飲んでいました。インドネシアのコーヒーは日本で私たちが普段飲んでいるものとちょっと違うんです。パウダー状に挽かれたコーヒーにお湯を注ぎ、混ぜてから飲むのです。最初はびっくりしましたが、今ではもう慣れています。
空港まではバイクをレンタルした会社の車を出してもらいました。古い車だったのでゆっくりと空港まで行くことになりました。車内では早速インドネシア語講座を開いてもらいました。ちょっとでも機会があればどんどん聞いて覚えようという心持でインドネシア語日常会話をできるように頑張ろうと思っています。
空港でチェックインのときも搭乗までの待ち時間でもちょっとしたきっかけを作っては教えてもらっていました。チェックインの時は飛行時間(1時間半=satu sutengah jam)のインドネシア語を教えてもらい、待ち時間にはこないだ買った教科書の説明を店員さんに教えてもらいました。みんなとっても楽しそうに教えてくれました。私の言っているインドネシア語がちょっと変なのかもしれませんが・・・それでも何度も何度も聞いても嫌がらず教えてくれました。
飛行機はプロペラの付いた小さな飛行機でした。おそらく50人くらい乗れたらいいくらいだと思います。
「ブゥーンブゥーン」と音を出しながら飛行機がバリ島から飛び立ちました。
結構低いところを飛んでいたので、フローレス島までは大小いろんな島をみることができました。島の周りを囲う白い砂浜、そしてその周りをスカイプルーが囲います。そこから徐々に濃いブルーになり深い海へと続いていきます。きれいな景色をうるさい機内からみていました。
小さな飛行機でしたが、一応機内食はでました。でも、大しておいしくなかったですが。
フローレス島ラブアンバジョーに到着!!!
小さい!!!
何もない!!!
バゲッジクレームも人が運んでくるのを待って、そこで受け取るだけ。
唯一私たちの乗ってきた飛行機があるだけの、本当に小さな空港です。
これは空港と言っていいのか?田舎町の駅舎のような空港なんです。
しばらく驚きは続いていました。
荷物を受け取り、外へ出るとこれまた大変。何人もの現地人が
「うちの車で町まで連れてくよ!」
「安いから、こっち、こっち」
と、畳み掛けるように迫ってくるのです。US君なんかどうしたらいいものか困っていました。ラブアンバジョーには旅行会社が二つしかなく、そこにいた多くの人はどちらかの会社の人だったのです。
「みんな暇なの???」
と、思いながらも一つの車に乗り込みました。
町まで行くと、
「とりあえず事務所まで行きましょう」
と、事務所で下ろされました。
私たちはできればレンタカーを借りて13日間のフローレス島調査をしようと思っていたのですが、フローレス島では外国人が運転をすることは禁じられているそうなんです。きっと、現地の人が儲かるように定められたことでしょう。そして私たちに残された選択肢は、車と運転手をハイヤーするか全ての移動をバスでするかでした。もし、私たちに一ヶ月くらいの時間があれば、間違いなくバスを選んでいました。しかし、たった13日間で「可能な限り島を見て回る」という条件には向いていません。仕方なく、多少値段は高かったのですが車と運転手をハイヤーすることにしました。一泊二日のコモド島へのツアーを含め一人約5万円です。すっごく悩んで決めた贅沢なので、めいっぱい楽しもうと思いました。
支払いはちょっと大変でした。ラブアンバジョーに一つだけあるATMにて、お金を下ろしたのです。一回におろせる額が決まっているので何度もおろすことになりました。手数料が馬鹿にならないということを申し出るとその分はディスカウントしてくれることになりました。なので、この島に来るときは必ず現金持参が大事です。
車は今日の宿泊地であるルーテンに向けて出発しました。緑に囲まれたくねくね山道をどんどん進んで行きます。その景色は「最高!」の一言。本当に美しい景色が続きました。特に小高い山からの中腹から見えた絵は感動ものです。
緑の続く先に海があり、いくつかの島々が重なり合う。
その上空にはちぎれ雲がぱらぱらとあり、その後ろから太陽の光が目に飛び込む。
そんな素晴らしい景色にお腹いっぱい満足していました。
そして、日が暮れてくると今度は素晴らしくきれいな月が出てきました。
私たちは東に向かっていたので、しばらくずっと月を追いながら走っていました。とっても大きく、星が見えないくらい明るい月が私たちを迎えてくれていました。
途中休憩を少しして、合計4時間半をかけルーテンに着きました。ミーアヤンという汁そばを食べてから宿に着きました。
今日はとっても感動の多い一日でした。フローレス島の一日目は大満足。
こんなにきれいなものをもっともっと知りたいと思いました。
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インドネシア生活♪ vol.10
5月1日
午前中に昨日HKさんとDVさんと一緒に行った展覧会で紹介してもらったLTさんからお誘いのメールが来ました。彼女は子供の頃4年間日本に住んでいたということで日本がとても上手な絵描きさんです。彼女は私をおうちに招待してくれたのです。
私たちはお昼ご飯にナシチャンプルを食べてから行くことにしました。今日食べたナシチャンプルはあまりおいしいものではありませんでした。ガイドブックにも載っている「Champur−Champur」というお店なのですが、味がいまいちでした。見た目がよかった分、がっかりでした。
LTさんの家は私たちのホテルからそんなに遠くないところにありました。電話でナビをしてもらいながら、迷うことなく家に着くことができました。
天井の高いとっても素敵な家でした。彼女の絵がいたるところにあり、2人のかわいらしい子供がちょろちょろ歩いていました。残念ながら普段家で仕事をしているという旦那さんは外出中でした。LTさんは私たちに紅茶とお菓子でもてなしてくれました。
そして私たちは彼女の話を聞いたり、私たちのやっていることの話をしたりしました。それから私たちはインドネシア語を教えてもらうことにしました。やっぱり日本語でインドネシア語を教えてもらうのが一番理解しやすいです。彼女は分かりやすく、丁寧に教えてくれました。会話をしながらたくさんの単語を教えてくれました。あとは、それらをひたすら覚えるだけです。
明日からフローレス島に行くので、しばらく会えなくなってしまいますが、また帰ってきたら会う約束をして家を出ました。
そのあとNRさんに用事があったので家に届け物をしました。今日のNRさんはご機嫌良しでした。
ホテルに帰る前にフローレス島に行くための買い物をしました。地図とインドネシア語を勉強する為の本、ビスケットやナッツを買いました。フローレスがどんなところでどんなものが手に入るのか全く想像できないので、とりあえず必要なものだけ買っておきました。
ホテルに戻り夕食に買ったパンとビールを飲みながら明日の準備をしました。明日から約2週間、ほとんど情報のないフローレス島に行きます。不安もいっぱいあります。この2週間をどれだけ有意義なものにできるかも分かりません。それでも楽しみなんです。どんなことが起こってもそれは起こるべくして起こっていることだと思います。それら全てを素直に受け入れまっすぐ前に進んで行きたいと思います。
それでは、行ってきます!!!
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2007年05月01日
インドネシア生活♪ vol.9
4月30日
フローレス島に行くまでの2日間をどう過ごそうかと考えていると、先日TRさんの船で知り合ったHKさんから電話がありました。
「連絡先を聞いておいて、私の連絡先を教えていなかったから〜」
と、元気な声が響きました。
そして話をしていると、
「今日の夕方、友達の展覧会のオープニングパーティがフォーシーズンホテルであるから一緒に行かない?」
「是非!特に今日は予定がなく、インドネシア語の勉強をしようと思っていただけなんです。」
ということで、一緒に行くことになりました。
待ち合わせまで時間があったので、HKさんの旦那さんのDVさんが私たちのホテルの側で仕事をしているということだったので、そこを訪ねてみることにしました。そこはいつも素通りしていたおしゃれなレストランでした。屋上階で待っているとにこにこしたDVさんがやってきました。一時間くらいカフェラテと野菜のラップサンドを食べながら話をすると、DVさんがとっても優しい感じの人で、すごく気持ちよく話ができることに気づきました。
DVさんが仕事に戻り、HKさんが来るまでインターネットをすることにしました。このレストランは自分のノートパソコンを持ってくれば無料でインターネットができるのです。日本では当たり前かもしれませんが、とっても有難いサービスです。
メールやメッセージを見ていると、たくさんの友達からお誕生日メールが来ていました。みんなの優しい思いが届いてきて、一人で画面を見ながらにやにやしながらちょっと感動しちゃいました。遠く離れたところからでも、画面に映し出される文字からでも、彼らの愛(大げさかな?!)が伝わってきたように感じました。
自分が幸せだなって、また思っちゃいました。
HKさんが来て