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2007年06月17日

インドネシア生活♪ vol.49

6月8日

深い眠りができたようで、8時半には起きることができました。早速NRさんに紹介してもらっていたMNさんにSMS(携帯でできるメール)を送りました。するとMNさんの旦那さん、BBさんから電話がかかってきました。
「これからホテルに迎えに行きます。3分くらいで着きます。」
「はい。分りました。」
と言いつつも心の中では「早いー!!!急いで荷造りしなきゃ!!!」と半ば焦っていました。そうこうしているうちに、再度電話が鳴り、
「今フロントに着きました。」
「今すぐ行きます。少しだけ待っていてください。」
と言って、荷造りの住んでいないUS君を置いて先にBBさんに会いに行きました。
「はじめまして、サトカと言います。来てくれて本当にありがとうございます。」
「こちらこそ。私はBBと言います。よろしくお願いします。」
そうお互い挨拶をしていると、US君が来て3人でBBさんとMNさんのやっているホームステイ(小さな安宿)へ向かいました。本当に近いところにありました。車で5分くらいで着いちゃいました。
まだ半分工事中の宿でしたが、部屋はきれいでした。荷物を運びコーヒーを頂きながらBBさんとおしゃべりとしていました。トラジャ滞在中のスケジュールやNRさんがトラジャに居た頃の話、それから私の民宿計画。BBさんはとっても気さくな感じのいい人でした。

そして私たちは早速出かけることにしました。
最初に連れて行ってもらったのはランテパオから南へ約6キロ行ったところにあるロンダです。ここには鍾乳洞があり、墓穴とし大昔から利用されているようです。入り口から階段を下り、田んぼの横を進んでいくと棺桶が目に入ってきました。新しい棺桶が積み重なって置かれており、岩壁に取り付けられた棚には500年くらい前の古い棺桶が置かれていました。そしてそれらを見守るように故人の身代わり人形のタウタウ(トラジャ語でタウ=人、タウタウ=像)がこちらをじっと見ていました。
私は何だかものすごく緊張していました。心臓がどきどきして、自分でも驚くくらいでした。勝手な想像ですが、きっとこの土地の持つ「気」または「オーラ」のようなものを感じていたんだと思います。実際にここにはたくさんの故人が葬られているので、そう考えてしまいました。
地元のガイドがアセチレンランプをもって鍾乳洞の中に私たちを連れて行ってくれました。あちらこちらに棺桶があり、骸骨がそっと存在していました。こんなにもたくさんの人骨を見たのは生まれて初めてでした。「あの骸骨もこの骸骨もみんな元は私と同じように生きていて、骸骨になった今でもこうしてちゃんと存在し続けている」このようにして故人とのつながりを持っていくことでトラジャの人間性を少しだけ理解することができました。トラジャは85%がキリスト教なのですが、この葬儀の仕方は土着宗教によるものだそうです。それが今日も続けられていることはとてもいいことだと思いました。しかし、どの宗教でも同じようにやはりだんだんきちんとした伝統的な葬儀はだんだん減ってきているようです。出来ればこれからの世代も引き継いでいって欲しいと外国人である私はわがままにもそう思ってしまいました。
鍾乳洞の一番奥にはこうもりの巣がありました。しゃがんでも慎重に進まないと頭や背中を打ってしまうほどの狭い道を進んで行きました。何度もガイドが手を貸してくれ、何とか転ばすに進めました。たどり着くと、思ったよりこうもりは少なかったです。でも特にこうもりが見たかったわけではないので、残念には思いませんでした。
ここの鍾乳洞は私が今まで行った中で一番かっこよかったです。理由は分りません。ただ鍾乳洞の形、細部も含めて自分の好みに合っていたんだと思います。最後の最後まで緊張は解けなかったのは否めませんが・・・

ロンダの次にBBさんが連れて行ってくれたのはさらに4キロほど進んだところにあるレモです。ロンダもレモも主道路からそれて入っていくのですが、どちらも道は悪かったです。ガタゴトガタゴト揺れながら到着しました。
レモに着いて最初に目に付いたのが3軒のトンコナンです。トンコナンとは舟形の屋根を持つトラジャの伝統的な高床式の家のことです。壁には彫刻が施されていてかなりかっこいい建物です。
そこから少し歩いて行ったところにタウタウがいました。岩山の中腹にたくさんの横穴が掘られており、ベランダのようになったところにタウタウが佇んでいました。
最初はその岩壁から50mくらい離れたところから見ていたのですが、傍まで寄ってみることにしました。するといきなり空気が重くなったのです。特に息苦しいとかはなかったのですが、体に感じる重力が増したような感じでした。「あんまり近寄るな」と言われているようで、そそくさと後退りしました。
自分では霊感があるとは思ったことがないので、きっとこれらは「土地の持つ力」の影響だったと思います。不快なものではなく、単に境界線のようなものがある感じでした。人にもよるようでUS君はそんなに感じなかったようです。

ガイドブックに「タウタウ作りの名人」がレモにいると書いてあったので、お土産や屋さんのおばちゃんに尋ねました。すると、
「彼はもう亡くなっています。」
とおっしゃっていました。私はちょっとだけびっくりしましたが、「やっぱり情報はメディア(本、テレビ、ラジオ、インターネットなど)を信じ過ぎちゃいけないんだなぁ」と改めて実感しました。
今の世の中、いろんな情報があり過ぎて「どれが正しいのか」「どれが必要なのか」そういうことが不確かになっているの一面があると思います。その中で私は「自分で見る」ことで得られる情報を信じたいと思って今の調査をやっています。いろんな人に「いろんなところに行けて楽しそうだね」とか「長期の海外旅行ができていいね」と言われる所以も、私にとってはこのやり方じゃないと自分の求めている場所が見つけられないからです。だからひたすら足を使って移動し、五感を使って見つけようとしているのです。でも結局偉そうなことなんてひとつも出来ていないんですが・・・とにかく「楽しんでます!!!」

レモを出て、ラテンパオに一旦戻りました。そしてお昼を宿の隣にあるレストランで食べました。レストランに入ると土砂降りの雨が降り出しました。
「雨が止んだら、ケテ・ケスに行きましょうね。」
と、BBさんが言ってくれました。私たちはご飯を食べ終わってもおしゃべりしながらしばらく雨が止むのを待っていました。

ケテ・ケスまではランテパオから南へ4キロ、車まで10分くらいで着きました。雨上がりに見る景色はとてもきれいでした。きらきらした緑で光る稲穂と澄んだ空気が気持ちよかったです。そして、私たちの目の前にはトンコナンの集落がありました。正面にはいくつもの水牛の角とが飾ってあり、彩色された彫刻の羽目板からは水牛の頭の像が出ていました。家屋に向かい合った穀倉があり、間を歩くと圧巻でした。かなりかっこいいです、ここは。
集落から奥の方へ歩いて行くと、ロンダやレモと同じような伝統的なお墓がありました。ここにもたくさんの棺桶が葬られ、いくつもの人骨がありました。トラジャでは一生のうち一番葬儀にお金がかかると言われています。何頭もの水牛や豚が生贄にされ、何日もかけて葬式を行うそうです。そのような一大イベントの最後の休息地がこのようなお墓だそうです。

ケテ・ケスで彫刻を売っているお店がありました。店頭で作っているのを見かけ、そそっと店内に入っていきました。話を聞くとここがトラジャの彫刻工芸品の出荷元だそうです。細かい彫刻がされている小さなテーブルやお盆、壁に掛けられるようになっている作品など所狭しとたくさん置いてありました。私はその中から実用性のあるお盆を二枚買いました。でも日本に持って帰るのにちょっと大きくて大変そうです・・・

ランテパオに戻り、マカッサルとランテパオの小型飛行機の料金を確認しました。片道たったの約3500円だったのです!!!驚き。飛行機だから高いと思い込んでいたので、こんなに安く乗れるなんてびっくりでした。バスだと約8〜10時間かかるのに、小型飛行機だと約1時間弱で着いちゃうそうです。火曜日、木曜日、土曜日の週3日しか便はないそうですが、できればマカッサルまで小型飛行機で帰りたいと思いました!!!(でも節約中の私たちには無理かもってのが現状ですが・・・)

宿に戻り、水シャワーを浴びました。トラジャの気候は昼間温かくて、夜は涼しいです。なので、水シャワーは寒いかなと思ったのですが、意外に平気でした。お風呂上りに汗をかかないっていうのはなかないか嬉しいことでした。
夕食は宿の近くを散歩して見つけた屋台に入りました。ご飯とチキンスープを頼みました。これがかなりおいしかったです。そしてUS君の頼んだ焼き鳥にピーナツソースもとってもおいしかったです。一日の最後の食事がおいしいと、笑って一日終えられます。

トラジャはいいところです。気候も過ごしやすく、魅力的な建築や工芸があります。今までいろんな土地でTシャツを見ていたのですが、トラジャのTシャツが一番デザイン的にいいと思いました。きっと芸術文化をトラジャの人たちは昔から持っているのでしょう。
もっともっとトラジャのいいとこ探しをしたいと思います。

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投稿者 satoka : 2007年06月17日 01:00

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